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第9話 瑞光



「僕の霊力は兄たちより強くて、玉輿の婆さ……いや、全盛期の玉依禮子さんと同じくらいの力があります。霊視に関しては、婆さん……禮子さんより強くて、特異体質ではあるのですが、意識すれば浮遊する霊はもちろんのこと、人それぞれが放射する霊的なエネルギーを視覚することができます」


 この話がどこに着地するのかは分からないが、アイスコーヒーを片手に寿々は耳を傾けた。


 一般人には理解されがたい霊的なことだからなのか。ひとこと、ひとこと、左近之丞が言葉を選びながら話しているのを感じる。


 それにしても、北御きたみ大社の社家か。また大層な御家柄だ。社格だけでいえば、禮子の生家である玉輿神社よりも格式高い神社となる。


 高原市街を見下ろせる霊峰高原山の頂上。市内中心部から車でおよそ一時間の場所にある北御大社は、神話にも登場する歴史ある神社で、その由緒ある社家の生まれとなれば、伝説の巫女である禮子に匹敵する霊力があるというのも、あながち嘘ではなさそうだ。


「霊を可視化できる体質も幼少のときからで、成人を迎えたころには霊的なものと交感でき、いまは結界……ある一定の特殊な状況下であれば、霊体を実体あるものとして触れることができます。そういう意味では、四六時中、霊と共存しているような生活で……」


 それはなんというか、プライバシーも何もあったもんじゃないだろうな。


 アスファルトに視線を落としていた左近之丞がここでようやく顔をあげて、ジッと寿々を見つめてきた。


 血走った赤茶色の瞳をみて思った。もしかして、昨日から寝ていないのかもしれない。


 寿々と視線が合い、わずかに細められた左近之丞の瞳。


「やっぱりすごい。寿々さんの背中から発せられるその虹色の後光はも寄せつけない。不浄なるものを滅し、浄化する瑞光ずいこうだ」


 話ながら泣き笑いのような表情になった左近之丞がいう、「虹色の後光」。それがなんなのかは、寿々にもなんとなくわかる。


 むかし、幼い寿々を膝にのせた禮子がいっていた。


「こうして寿々ちゃんといると、本当に心地がいいよ。イヤなことも悪いことも全部どっかに吹っ飛んでいって、穏やかな光に包まれているような気分になるんだよねえ。ありがたいねえ」


 その光について禮子は、


「たぶん、豊彦とよひこさんだろうね。寿々ちゃんの亡くなったお父さんはね、それは徳の高い御人だった。御魂の輝きひとつですべてを浄めてしまう力があって、はじめて会ったときは、大御神おおみかみ様の使者が降臨されたのかと思って、ついつい拝んでしまったよ。安心しなよ。寿々ちゃんにはね、豊彦さんの守護がある。この光がナニモノからも護ってくれる」


 そういって寿々の頭を「よしよし、ご利益、ご利益」と、撫でてくれた。


 左近之丞もまた、その光に惹かれたのだろう──だが、しかし。御家事情しかり、特異体質しかり。そんなものは寿々にとって、何の関係もないのである。


 昨日の見合いが最悪だったことは、変わらない事実であって、それを引き起こしたのは、いまここにいる北御門左近之丞、この人だ。


 後悔をアリアリと浮かべた表情で、


「もう一度、見合いをして下さいとはいいません。でもどうか、貴女と会うことだけは許してください。もう二度と寿々さんに会えないのかと思うと……」


 声を詰まらせてグスンとなっている姿は、とても昨日と同一人物とは思えないけれども、これで昨日の失態をなかったことにはできないのである。


 世の中、そんなに甘くない。美形だからといって、だれもが許してくれるわけでなないことを、この男は知るべきだ。


 昨日、そして今日。


 寿々からすれば誠意ある謝罪は受け入れられても、一定の人物評価がくだされた段階で、男女関係を再構築していくのはそう簡単ではない。友情関係もしかり。それゆえに、今後もこの男と会うというのは、なかなかに受け入れがたい提案だった。


「謝罪の気持ちは伝わったから、昨日のことはもうこれで終わりにしましょう。ただ、あなたに対するわたしの評価は地に落ちているの。地の底。地底よ。その状態で、友人でもなく職場の同僚でもない、元見合い相手の北御門さんと会うのは厳しいかな」


 頷きながら聞いていた左近之丞は、しばらくするとベンチから立ち上がった。


「わかりました。今日はお時間をいただき、ありがとうございました」


 寿々に向かって深く一礼したあと。ふたたび寿々を見つめる左近之丞の目は何ごとかを決意したように力強く、さらにこれまでとは比べようがないくらいに澄んでいた。


 その変容ぶりに思わず魅入ってしまった寿々に告げられたのは、


「寿々さん、僕はひとまず地表をめざします」


 ──ん? 地表?


 大きく首をかしげた寿々に構うことなく、


「地底から瑞光に手を伸ばし、いつか貴女の手を取れるように、本日、今このときより、僕史上最大限の努力をすることを、いまここに誓います」


 勝手に誓いを立てた左近之丞は、「それでは、お先に失礼いたします」と去っていった。


 都市公園のベンチにひとり残った寿々は、秋空を見上げた。


 ──僕史上最大限の努力


 今後、あの「誓い」が面倒なことしか引き起こさない予感がするのは、自分の気のせいだろうか。


 どうか気のせいであってほしいと願いつつ迎えた翌日。さらに翌々日、そして本日。つまり三日連続──


『もしもし、お姉ちゃん。あの……また届いているんだけど』


「……ごめん」


 イヤな予感は的中した。






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