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第3話 高原ヒルズ



 禮子れいこの生家は、縁結びで有名な『玉輿たまこし神社』の社家しゃけである。


 高い霊能力によって『先読み』ができる巫女として、政財界の大物たちから絶大な信頼を寄せられていた禮子は、巫女全盛期、その先読み料たるや、レジデンスのひと月分の家賃をゆうに越える桁外れの額であったという。


 加齢により霊力が弱まった現在も、その相場を維持しているというからおそろしい。


 禮子はいっていた。


「わたし、選挙やら日銀の発表があるたびに忙しいんだよ」


 つまるところ玉依たまより禮子れいことは、商店街にある『恋むすび』の店主である前に、高原市と上高砂町に多くの土地を持つ大地主・玉依家のお嬢様であり、一回の先読みが数百万円はくだらないと噂される伝説の巫女にして、グリーガーデン高原ヒルズのオーナーである。


 よって、ただの金持ちではない。総資産数百億円の資産家ビリオネアなのである。その禮子ビリオネアから、実家の『ほうらい屋』を出てから、どこに引っ越そうかな~と、考えていたとき。


「寿々ちゃん、引っ越すならここにしなさい。家賃? そうねえ、まあ、そのうち考えておくわ」


 そんな具合に「そのうち賃貸契約」を結んだ寿々は、地元の食品メーカー勤続五年目の手取りでは、とうてい手の届かない分不相応なレジデンス暮らしをすることになったのである。


 寿々が『グリーンガーデン高原ヒルズ』に引っ越すと知った七福さんは当時、「ああ、あそこか~」苦笑いを浮かべた。


 S級競輪選手時代、スポンサー契約をしていた社長の紹介で、このレジデンスに一年ほど暮らしていたことがあるらしく、


「すごく綺麗だし、便利でいいけどね。とにかく敷地が広すぎて、俺はちょっと……駐輪場まで歩いて10分以上かかるから忘れ物をしたときとか、もう最悪で。自分の家に戻るまで、いったい何回セキュリティロックを解除するんだ……っていう」


 これ以上ないというほどの納得の理由を述べていた。


 叶絵と結婚して鶴亀商店街で暮らしはじめてからは、朝、夫婦で『ほうらい屋』の開店準備をして、店先のシャッターを開けたら、店内に置いてあるロードバイクにまたがり、そこから「行ってきま~~~~す」とできるので、「もう、最高!」なのだそうだ。


 理屈的には非常によくわかる。しかし、鶴亀商店街暮らし二十数年だった寿々からすれば、やはりお洒落なレストランやカフェがあるヒルズ暮らしは、それこそ「もう、最高!」で、いまのところ大満足している。


 高原駅の南口から徒歩5分。グリーンガーデン高原ヒルズの敷地に入って歩くこと15分。居住エリアのエントランスからつづく通路を歩いて5分。


 駅から自宅の扉まで、およそ25分を要するものの。季節を感じさせてくれる花や飾り付けを眺めながら小径をすすみ、現代アートのオブジェにもなっている専用の門扉をくぐり抜けて、この特別な空間に入る瞬間が、寿々は好きだ。


 身の丈に合っていないのは、重々承知。こんなところで暮らしていれば、懸念すべきことは、ひとつやふたつではない。


 わたし、こんな生活して、金銭感覚おかしくならないだろうか……


 これを、いつもの幸運なのだと割り切ることは──できなくもないけれど、この先にとんでもない「しっぺ返し」が待っていたらどうしよう。


 なんて思うことは多々あり、突如としてアッパークラスに放り込まれた庶民の、いいようのない不安が押し寄せてきて眠れない夜もある。


 しかし、他人の不安など我関せず。


 高校、大学と親友である麻宮あさみや真理愛まりあは、


「これもさあ、寿々の幸運体質だと割り切って、ハイクラスな生活を楽しみなさいよ。わたしも遊びに行けるしさ!」


 そういって、行きつけのBARで飲んだあとは「さあ、帰るよ~」と、きまって千鳥足でレジデンスの14階にある寿々の自宅にあがりこみ、「まじでホテルみたい~」と、シャワー、トイレ付きのゲストルームを、我がもの顔で使うのが恒例となっている。


 禮子から見合い話を持ちかけられたその夜。


 シャワーを浴びてパソコンを起動させながら、3本目の缶ビールに口をつけたところで電話がなった。相手は寿々の母・照子てるこ


『もしもし、お母さんだけど。叶絵から聞いたわよ』


 用件はもちろん、禮子がセッティングした見合いについてだ。


『どんな人なの?』


「ちょうど今からパソコンで、釣書を見るところ」


『あら、そうなの。来週の土曜日らしいわね。叶絵のときみたいに振袖──』


「それだけは絶対に着ないからね」


『いいの? 振袖あれはねえ、ただの振袖じゃなくて幸運の振袖でね。叶絵だってあれを着て、七福さんっていう良縁に恵まれたんだよ。本当にねえ、良い人だよ。穏やかなところなんか、死んだお父さんにそっくり。禮子さんは本当に良い人を紹介してくれたよ」


 結局は幸運の振袖ではなく、禮子のマッチング力と人脈によるものだということを、母はいつ気づくだろうか。


『それじゃあ、またね』


 お婿さんを誉めているうちに忘れたのか。寿々の見合い相手について訊くことなく、母・照子からの電話は切れた。


 通話を終えて4本目の缶をあけた寿々は「これか」と、メールに添付されたファイルを開く。シンプルな釣書だった。



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 名前    北御門きたみかど 左近之丞さこんのじょう

 生年月日  XXXX年 七月七日 

 現住所   ○○県高原市○○区○○

 職 業   霊能者

 趣味(好物)稲荷寿し

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 シンプルゆえに、ヤバさが際立っていた。漢字で七文字もある氏名がかすんでしまうほどに……霊能者ってなんだ。趣味にわざわざカッコ書きを追加して、好物を記載する意図はなんだ。


「禮子さん……伝説の元巫女とはいえ、これはちょっとな。いつものマッチング力はいったいどこへ? いくらなんでも、もっとほかにいるでしょうに」


 やっぱり断ろうかと思ったとき、ヤバイ釣書をスクロールしていた寿々の手が止まる。見合い相手の写真が貼り付けられていた。


「あ………」


 寿々の口から声がもれ、そのまま凝視すること数秒間。


 金髪、赤茶の瞳がこちらをみてくる。


 和装した北御門きたみかど左近之丞さこんのじょうは、控えめにいって超がつく美形だった。





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