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第2話 恋と願いはよくせよ



 写真が見られないとわかると、叶絵の興味はさっさと移った。


「ところで禮子さんのところ、今日は、おむすび売ってた?」


「今日も売ってないよ。まぁ、滅多に売ってないからね」


 結婚相談所と兼業している『おむすび屋』だが、これがほとんど開店休業状態で、客がフラリと寄って、売っていることのほうが奇跡に近い。


 おむすびに関しては、基本「気が向いたときしか握らないよ」と禮子はいっていて、店内にある小さなショーケースには、ほぼ毎日【売り切れ御免】の札が貼られている。


 寿々がみたところ、店の売れ筋はどちらかというと、おむすび用に売られている昔懐かしい竹網の弁当箱や小皿、風呂敷、竹箸などで、小間物屋といった方がいいくらいだ。


 そんな禮子の『おむすび屋』であるが、人気は高い。ほどよい塩加減で味はもちろん美味しいのだが、それ以上に──


「禮子さんのおむすび、ご利益があるって有名だからなあ」


 これである。玉輿神社の参拝客には『開運おにぎり』と呼ばれている。


「そっかあ、さすがにお姉ちゃんが行ってもなかったか。幸運体質のお姉ちゃんなら、もしかして──って、期待したんだけどねえ」


「残念でした。わたしが思うに、禮子さんがおにぎりを握るのは、時期的なものがあるのよ」


 自分で淹れたお茶を一口飲んで、寿々は予想を口にした。


「次に禮子さんが『おむすび』を握るとしたら、玉輿神社の『秋の御縁むすび大祭』の頃じゃないかな」


「そうかも! 思い出した。去年の祭りの日も、うちの店の前にまで、なが~い行列ができていたよ。たぶん、今年もそうだ」


「朝イチでならぶか、禮子さんにお願いして取り置きでもしてもらったら?」


「そうしようかな。わたし、小さいときに食べたっきりなんだよね。もう、ご利益ないかも」


 なんて話をしながら叶絵と時間を過ごした寿々は、二杯目の茶を飲んで椅子から腰をあげた。


「それじゃあ、そろそろ帰るわ。お母さんと七福しちふくさんによろしく」


「はあーい。じゃあね」


 叶絵に手を振り、自動ドアから外に出た寿々は、一階が店舗、二階と三階が居住スペースになっている実家を見上げた。


 叶絵の結婚が決まり、入り婿になる七福しちふくさんが引っ越してくるのを機に、寿々は実家をでた。


 名前からして縁起が良い叶絵の旦那様・七福さんは今年35歳。元競輪選手で30歳のとき、レース中に起きたクラッシュに巻き込まれ落車。大怪我を負い、それが原因で惜しまれつつ現役を引退した。そのあと、一念発起して大学を受験。見事合格したのち、周囲も驚く首席卒業を果たし、今現在は高原市内にある大学院に通っている。


 大腿囲だいたいい75センチという驚異の太腿と強靭な心肺機能を持つ七福さんは、競輪選手時代にS級S班で荒稼ぎしていたこともあり、生活費および学費面の心配はなく、叶絵いわく「厳しいレースの世界で競いあっていたとは思えないくらい温厚」なのだそうだ。


 年間獲得賞金が億超えの派手な世界に十年以上いながら、しっかりと貯蓄していた堅実派で、いっしょに住んでいる母・照子のことも、大層気遣きづかってくれるという、まさにいうことなしのお婿さんである。


 そんな良縁を妹・叶絵に結んでくれたのが禮子で、本日、姉である自分にも舞い込んできた見合い話。最初に話しを聞いたときは乗り気ではなかったものの、幸せそうな叶絵を見て、寿々は少々考えを改めた。


 禮子さんの紹介だし、縁はナイよりあった方がいいか。


『恋と願いはよくせよ』なんていうことわざもあるくらいだから、ここはひとつ。


「相思相愛な良縁を! 願わくば金アリ男前で!」


 欲深き願いを口にしたとき。参道に南風が吹く。


 髪がなびかせながら、吉方である南に顔を向けた寿々の正面に見えるのは、数百段にも及ぶ石段を上り切った先にある朱色の鳥居だ。ものはついでにと、上高砂町で大人気の縁結びパワーを持つ『玉輿神社』に軽く一礼。


 ——恋の神様、なにとぞ! 


 男運、爆アゲでお願いします!


 ひと願いして、寿々は北側にある駅へと向かった。


 玉輿神社とは反対方向にある高砂駅から各駅停車の電車に乗り、さらに北に向かって二駅の中核都市。人口百万人を超える高原市の駅前は、最新の都市機能を備えた注目の再開発地区となっている。


 駅の北口側は、飲食店のテナントが多い駅ビルやオフィスビルが立ち並ぶ商業エリアとなっていて、それに対して南口側は『緑ゆたかな未来都市』をテーマに、大規模緑化計画がすすめられた住環境エリアとなっている。


 その南口の象徴ともいえるのが、広大な芝生と樹木がある都市公園と、そのすぐそばにある『グリーンガーデン高原ヒルズ』である。


 ヒルズ敷地内は、レストランやカフェ、日用品から食品までそろうマーケットがあり、託児所、病院、さらには各種行政サービスが受けられる出張所と図書館まであるという、いわゆるコンパクトシティとなっていた。


 複数の路線があり新幹線も乗り入れる高原駅が近く、環境も良いとあって、現在、この周辺地域でもっとも地価の高い一等地なのだ。


 その『グリーンガーデン高原ヒルズ』には、用途に合わせていくつかの居住エリアがある。そのなかでも、ひと月の家賃相場が百万円をゆうに越える最高級のレジデンス棟に、寿々は入っていった。


 なにを隠そう。このレジデンスこそ、昨年引っ越しを余儀なくされた寿々の現在の住まいである。


 さらにさらに、このとんでもない敷地面積を誇る都市空間『グリーンガーデン高原ヒルズ』の共同オーナー陣に名前を連ねているのが、現在、鶴亀商店街にある『恋むすび』の女店主・玉依禮子なのだった。






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