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幸運な彼女と怪しい見合い相手 ~「愛しています」求愛宣言からの決別宣言「地獄に落ちろ」~
藤原ライカ
恋愛現代恋愛
2024年11月11日
公開日
16,379文字
連載中
毎週【月・火・木】更新
 
『恋と願いはよくせよ』なんていう、ことわざがあるから。
ついつい「相思相愛な良縁を! 願わくば、金アリ男前で!」などと、
必要以上に欲をかいてしまった夏の終わり。

ただでさえ、欲深き願いごとだったというのに、さらに欲をかき、
心願成就とばかりに「男運、爆アゲで!」と、
吉方に向かって祈ってみたりなどした結果……凶方より怪しき者きたり。


『 幸運つづきの彼女 と 怪しい見合い相手 』
~「愛しています」求愛宣言からの決別宣言「地獄に落ちろ」~


仕事と酒があればこのままでもいいかな──と思っていた社会人5年目の寿々。

「とりあえず会ってみて」と、恩人から舞い込んできた見合い話を断れず、訪れた老舗ホテルにて、

「僕、まだ結婚する気ないんだよね。相手の写真もみたけどさあ……」

30分以上遅刻してきた見合い相手の不愉快極まりない発言を耳にして、
「こっちだって願い下げだ」と憤った直後、最悪の顔合わせとなる。

完全アウトな見合い相手・左近之丞をギロリと睨みつけたとたん、
なぜか態度を豹変させた男から「愛しています」と、いきなりの求愛宣言がなされた。

理解不能な見合い相手の言動に困惑しつつ、こんな男には付き合っていられないと、

「二度とわたしの前に顔みせるんじゃないわよ」

捨て台詞を吐いて立ち去った寿々を、

「待って……待ってください!」

半泣きの左近之丞が追いかけてきて……


恋も空も、うつろいやすい秋のはじめ。
主人公・寿々の恋模様は、暗雲と混迷と波乱に満ち溢れていく。

人生あれこれツイているのに、なぜか男運にだけは見放された残念系大人女子の奇々怪々ラブコメディ。


第1話 大安吉日



「愛しています。僕と結婚してください」


 突然の求愛宣言があって、そのまえに色々あって、


「──地獄に落ちろ、このクソ野郎がっ!」


 少々口の悪い決別宣言にて、見合いが終了する大安吉日もある。




◇  ◇  ◇




 夏の終わりの昼下がりだった。


「寿々ちゃん、あなた、来週の土曜日に見合いしなさい」


 どうみても四十代にしかみえない72歳の女店主から、27歳の独身、会社員の蓬莱谷ほうらいや寿々すずは、半ば強制的な見合い話を持ち掛けられた。


「いやいや、禮子れいこさん、ちょっと待って」


 これはマズイと、話しを止めようとしても、


「まあ、いいから。年寄りの話は最後まで聞きな」


 この齢で白髪染めとは無縁の黒髪を揺らした玉依たまより禮子れいこは、慣れた手つきでノートパソコンのキーボードをたたく。


「いま、寿々すずちゃん宛てに、見合い相手の釣書つりがきを送ったから、あとでゆっくりみるといい。まあ、なんていうか、クセはあるけど悪い男ではないんだよ。育ちはいいし、金もあるしね。ひとまず会ってみてちょうだい」


 寿々すずの了承なんて必要ないとばかりに、禮子れいこ主導の見合い話はすすんでいく。


 秋風が待ち遠しい八月。最後の週末の出来事だった。


 大正ロマンが漂う赤と緑をアクセントにした和洋折衷インテリアの店内で、洒落た珈琲カップを手にした女店主・玉依禮子は、


「九月っていうのはいい季節だよね。八月も悪くないけれど、わたしは断然、九月が好き。夜長月ともいうけどさ。中秋の名月といい、彼岸入りといい、まあ、いいんだよ。祭りや神事も多いからにぎやかだしね……」


 そんなふうに話しながら、ノートパソコンをパタンと閉じて立ち上がる。


「さてと、呼び出しといて申し訳ないんだけど、わたしはそろそろ出かけないといけなくてね。もうすぐ選挙になりそうだろ。日和見ひよりみ主義のおじさんたちが、いろいろて欲しいって、それはもう毎日うるさくってねえ。まったく、いつまで同じ場所にしがみついているんだか」


 蝶の螺鈿らでん細工が美しい黒縁眼鏡をはずした禮子の立ち姿はスラリと美しく、ますます年齢不詳の美女となった。


 禮子さんは、いつみても変わらないな。


 この体型維持には感服してしまう。肌の色は艶良く、化粧のりも抜群。おかっぱヘアの横顔は、レトロモダンな店内の雰囲気も相まってモダンガールそのものだ。


 禮子いわく、若さを保つ秘訣は、持って生まれた霊力の高さが関係しているらしいが、寿々からすれば、なんだかんだといって、じつは不老長寿の妖怪ではないかと思うこともしばしばだ。


 このまま幾千という悠久のときを越えていきそうな、或る意味バケモノ級の容姿を持つ禮子が営むのは、おむすび屋 兼 結婚相談所。屋号は『恋むすび』という。


「それじゃあ、またね。日時と場所は、釣書といっしょに送っているから、確認しておくんだよ。何かあったら連絡してちょうだい」


 話は終わったと『恋むすび』から追い出された寿々は、そのままとなりにある店舗『ほうらい屋』に「ただいま~」と入っていった。なぜなら、となりは寿々の実家だから。


 都心から快速電車でおよそ40分。好アクセスが魅力の高原市。そのとなりに位置する上高砂町には、ちょっと懐かしい佇まいの商店街がある。


 その名を『鶴亀商店街』といい、縁結びで有名な玉輿たまこし神社の参道にもなっていることから、茶店や土産屋も多く、人気の観光スポットになっていた。


 その参道のほぼ真ん中にあるのが寿々の実家で、天然石のアクセサリーを取り扱う『ほうらい屋』という店を構えている。禮子が商う、おむすび屋兼結婚相談所『恋むすび』とは、お隣さん同士だ。 


 鶴亀商店街に蓬莱谷家が引っ越してきたのは今から三十年前で、それよりも早く店舗を構えていた禮子とは、それ以来の付き合いとなる。


 寿々すずが5歳、妹の叶絵かなえが3歳のときに、病気で父を亡くしてからは、


「困ったときはおたがい様。遠慮なんかするんじゃないよ」


 母子三人になった蓬莱谷家を、ことあるごとに助けてくれ、小学生当時の寿々からみても「ここまでしてくれる人って、なかなかいないんじゃ……」と思ってしまうほど、親身になって支えてくれた大恩人である。


 その禮子からの見合い話ともなれば、


「やっぱり、お姉ちゃんも断れなかったんだ」


 レジが置かれたカウンターの横で、プライスカードを手書きしている妹の叶絵かなえが笑う。


 こちらも、二年前の或る日突然、


叶絵かなえちゃん、見合いしないかい? ちょっと年上だけど、いい人がいるんだよ」


 店先を箒で掃いていたときに禮子から声をかけられ、断り切れずに見合いをして、あれよあれよという間に昨年、10歳年上のお婿さんを迎えた妹である。


「わたしの次はお姉ちゃんか。それで、いつなの?」


「来週の土曜日」


「わたしのときよりいいじゃない。わたしなんて、前日だよ。お母さんの振袖を無理やり着せられてさあ。高砂ホテルに連れて行かれたんだから」


 あのときはさすがに同情した寿々だが、自分にもお鉢が回ってくるとは思わなかった。


「そういえば、わたしが見合いしたのも九月だったな。あっ、相手の人の釣書は? どんな顔? お姉ちゃん好み?」


 当時、自分だってあれほど嫌がっていたくせに、他人事になると興味津々の叶絵から、見合い相手の写真をみせろとせがまれる。


「わたしもまだ顔は見てないよ。名前すら知らないんだから。釣書も写真も全部、禮子さんがデータで送ってくれたらしいから、家のパソコンで見ないとね」


「そっかあ。残念。でも、便利になったよね。わたしのときはまだ、あのいかにもっていう見合い写真だったから」


 商店街で三十年以上つづく禮子の結婚相談所も、昨年からついにデジタルが主流となり、ほとんどが電子化されたデータでのやりとりになった。


 ただし、携帯端末には送らないのが禮子流らしく、「わたし、携帯しか持ってないんですけど」という顧客には、「それじゃあ、紹介できないね」となるのである。






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