「愛しています。僕と結婚してください」
突然の求愛宣言があって、そのまえに色々あって、
「──地獄に落ちろ、このクソ野郎がっ!」
少々口の悪い決別宣言にて、見合いが終了する大安吉日もある。
◇ ◇ ◇
夏の終わりの昼下がりだった。
「寿々ちゃん、あなた、来週の土曜日に見合いしなさい」
どうみても四十代にしかみえない72歳の女店主から、27歳の独身、会社員の
「いやいや、
これはマズイと、話しを止めようとしても、
「まあ、いいから。年寄りの話は最後まで聞きな」
この齢で白髪染めとは無縁の黒髪を揺らした
「いま、
秋風が待ち遠しい八月。最後の週末の出来事だった。
大正ロマンが漂う赤と緑をアクセントにした和洋折衷インテリアの店内で、洒落た珈琲カップを手にした女店主・玉依禮子は、
「九月っていうのはいい季節だよね。八月も悪くないけれど、わたしは断然、九月が好き。夜長月ともいうけどさ。中秋の名月といい、彼岸入りといい、まあ、いいんだよ。祭りや神事も多いからにぎやかだしね……」
そんなふうに話しながら、ノートパソコンをパタンと閉じて立ち上がる。
「さてと、呼び出しといて申し訳ないんだけど、わたしはそろそろ出かけないといけなくてね。もうすぐ選挙になりそうだろ。
蝶の
禮子さんは、いつみても変わらないな。
この体型維持には感服してしまう。肌の色は艶良く、化粧のりも抜群。おかっぱヘアの横顔は、レトロモダンな店内の雰囲気も相まってモダンガールそのものだ。
禮子いわく、若さを保つ秘訣は、持って生まれた霊力の高さが関係しているらしいが、寿々からすれば、なんだかんだといって、じつは不老長寿の妖怪ではないかと思うこともしばしばだ。
このまま幾千という悠久のときを越えていきそうな、或る意味バケモノ級の容姿を持つ禮子が営むのは、おむすび屋 兼 結婚相談所。屋号は『恋むすび』という。
「それじゃあ、またね。日時と場所は、釣書といっしょに送っているから、確認しておくんだよ。何かあったら連絡してちょうだい」
話は終わったと『恋むすび』から追い出された寿々は、そのままとなりにある店舗『ほうらい屋』に「ただいま~」と入っていった。なぜなら、となりは寿々の実家だから。
都心から快速電車でおよそ40分。好アクセスが魅力の高原市。そのとなりに位置する上高砂町には、ちょっと懐かしい佇まいの商店街がある。
その名を『鶴亀商店街』といい、縁結びで有名な
その参道のほぼ真ん中にあるのが寿々の実家で、天然石のアクセサリーを取り扱う『ほうらい屋』という店を構えている。禮子が商う、おむすび屋兼結婚相談所『恋むすび』とは、お隣さん同士だ。
鶴亀商店街に蓬莱谷家が引っ越してきたのは今から三十年前で、それよりも早く店舗を構えていた禮子とは、それ以来の付き合いとなる。
「困ったときはおたがい様。遠慮なんかするんじゃないよ」
母子三人になった蓬莱谷家を、ことあるごとに助けてくれ、小学生当時の寿々からみても「ここまでしてくれる人って、なかなかいないんじゃ……」と思ってしまうほど、親身になって支えてくれた大恩人である。
その禮子からの見合い話ともなれば、
「やっぱり、お姉ちゃんも断れなかったんだ」
レジが置かれたカウンターの横で、プライスカードを手書きしている妹の
こちらも、二年前の或る日突然、
「
店先を箒で掃いていたときに禮子から声をかけられ、断り切れずに見合いをして、あれよあれよという間に昨年、10歳年上のお婿さんを迎えた妹である。
「わたしの次はお姉ちゃんか。それで、いつなの?」
「来週の土曜日」
「わたしのときよりいいじゃない。わたしなんて、前日だよ。お母さんの振袖を無理やり着せられてさあ。高砂ホテルに連れて行かれたんだから」
あのときはさすがに同情した寿々だが、自分にもお鉢が回ってくるとは思わなかった。
「そういえば、わたしが見合いしたのも九月だったな。あっ、相手の人の釣書は? どんな顔? お姉ちゃん好み?」
当時、自分だってあれほど嫌がっていたくせに、他人事になると興味津々の叶絵から、見合い相手の写真をみせろとせがまれる。
「わたしもまだ顔は見てないよ。名前すら知らないんだから。釣書も写真も全部、禮子さんがデータで送ってくれたらしいから、家のパソコンで見ないとね」
「そっかあ。残念。でも、便利になったよね。わたしのときはまだ、あのいかにもっていう見合い写真だったから」
商店街で三十年以上つづく禮子の結婚相談所も、昨年からついにデジタルが主流となり、ほとんどが電子化されたデータでのやりとりになった。
ただし、携帯端末には送らないのが禮子流らしく、「わたし、携帯しか持ってないんですけど」という顧客には、「それじゃあ、紹介できないね」となるのである。