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ケース② 不動産屋

──ああ、いえ……。

いや、実は。私も、同じような貼り紙を見たことがあって。


あれは、私がまだ駆け出しのペーペーだった頃なんで、もう……十数年前になりますかね。


ある日、担当していたマンションの管理人さんに呼び出されて。電話の声は、怒ってるって感じはなかったんですが、何だか焦っているような風で。「とにかくすぐ来てくれ」と。

今まで特別何のトラブルも起きたことのない物件で。あんなふうに呼び出されたのは初めてだったんで。いやあ、どうしたんだろう、って。ちょっと不安な気持ちで駆けつけたんです。


マンションに着くと、管理人さんが、管理人室に来てくれと。それでついて行くと、とにかく監視カメラの映像を見てくれと言うんです。私、慌てちゃって。何か犯罪が起きたのかと尋ねたんですが、どうやらそうではないらしく……。


管理人さんが監視カメラの映像を再生し始めました。日付は昨日の夕方でした。カメラはいくつかあったのですが、管理人さんは「掲示板が映っているカメラを見てくれ」と言いました。


掲示板を、管理人さんが覗き込んでいる姿が映っていました。画質は、今のものと比べるとかなり悪かったので、掲示板に貼ってある紙に何が書いてあるのかは、ちょっとわからなかったのですが、どうやら1枚だけ、他の掲示物の上に無理矢理貼り付けたような紙があるようでした。


「ここに紙が貼ってあるだろ? 誰のいたずらかわかんないけど、これ誰かが上から勝手に貼り付けたんだよ」と管理人さんは映像を一旦止めて言いました。

「書いてある内容も気持ち悪いし……。だからすぐ剥がそうと思ったんだけど、一応証拠として写真撮っとこうと思って。管理人室にカメラを取りに戻ったんだけど……。カメラ取って戻ったら、もう剥がしてあって」と。


だから私は、すぐ剥がされていたなら良いんじゃないか、と応えたんです。


でも、管理人さんは首を振って言いました。「確かにそうなんだが……一応誰の仕業か確認しておこうと思って、監視カメラの映像を再生してみたんだ。そしたら……」そう言って映像をまた再生しました。


管理人さんがその場を立ち去った後。急に、映像にノイズが走ったんです。そして、映像がもとに戻った時にはもう……貼り紙は消えていました。


管理人さんは眉をひそめる私を横目に言いました。「でもな、不気味なのはこれだけじゃないんだよ」そう言って今度は映像を巻き戻し始めました。


1時間ほど巻き戻してから再生すると、そこに映る掲示板には貼り紙がありませんでした。しかしまたノイズが走って……もとに戻ると、急に貼り紙が……貼られていたんです。


言葉もない私に、管理人さんは何故か得意げに言いました。「ここにさ、こんな言葉が書いてあったんだよ」そう言って、手元にあったチラシの裏に、サラサラと書いてみせたんです。


────────────────────


■■月■■日 ■■時■■分

ゆうれいにあえますよ

■■■号室


────────────────────


って。


ね? 同じでしょう?

やっぱり時間の指定は夜でした。

私が行った日──つまり貼り紙が現れた日の翌日の夜ですね。


で、そのね、指定された部屋っていうのが、その……いわゆる事故物 件ってやつで。だから私青ざめちゃって。いや怪談とかめちゃくちゃ苦手なもので……。管理人さんは「どうする?」って感じで私を見てくるんですけど、こんな、ねえ、どうしようもなくて。


まあでもその部屋は空き部屋で、当然鍵がかかっていますので。管理人さんには「とりあえず様子を見ましょう」って言って、私はそそくさ帰ったんです。


次の日。また管理人さんから電話がかかってきました。詳しいことは来てから話す、ということだったので、仕方なく私はまたそのマンションへ向かいました。


管理人室に入ると、管理人さんが青い顔して座っていました。私は、正直なところもう逃げ出したい気持ちだったんですが……まあ、仕事なんでね。ほんと、仕方なく。


私が声を掛けると、管理人さんは無言で監視カメラの映像──昨夜の映像──を再生すると、例の部屋があるフロアの廊下を映したものを指差しました。時刻は、あの貼り紙で指定していた時刻です。


映像には、廊下にしゃがみ込んで、例の部屋の中をポストから覗こうとしている影が映っていました。影、と言いましたが、部屋が廊下の奥の方で、カメラの画質が低いせいでそう見えたのだと思います。影みたいに、黒い……それでも人の形をしていることは間違いありませんでした。


私は凍りついたように、管理人さんと二人、映像を見つめていました。数分後。画面にノイズが走ったかと思うと、影はこつ然と消えていました。


管理人さんはそこで映像を止めると、立ち尽くす私に1枚の紙を手渡しました。それは何だか妙に汚れて、シワの寄った、A4サイズくらいの紙でした。


──そうです。そのまさかです。


そこには赤黒い、蚯蚓ののたくったような字で、



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あえました ありがとう


────────────────────



と、一言だけ。

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