ショコラの正体がバレてしまった。その後書き込まれた内容で、ショコラの怯えた時の仕草が虹にそっくりだった……とのことだった。迂闊だったと反省しても遅い。
『ショコラはどうやらKIRAと同じ学校の青山という男らしい』と認知されてしまった。
声も出せずに涙を流した虹に、KIRAはもう全て話そうと持ちかけた。
「え?」と顔を上げた虹を、優しく見守ってくれている。
「考えたらさ、いっそショコラの正体がバレた方が活動内容がより充実すると思うんだ」
「KIRA……」
全てKIRAに任せると言った。虹にはどうすることもできないし、ここまで正確に正体がバレてしまえば、認めない方が不自然な気もする。
KIRAは虹を抱き寄せたまま、顔をだけを画面に戻す。
「みんなにとっては普通じゃない世界で、俺らはこうして生きてる。これが俺らにとって当たり前の日常なんだ。それを理解してくれなんて思ってない。無理に応援してほしいとも思わない。でも傷付けていいわけないよね。気に入らない人は、残らなくていいから退室していいよ」
KIRAはバッサリと否定派に一喝した。
『気に入らないなら去れ』なんて虹には到底言えるセリフではない。それどころか泣き寝入りするしかなかっただろう。
KIRAは虹よりも配信に慣れているのもあり、器用に肯定派のコメントを拾って読んでいく。一人ずつに「ありがとう」という言葉を添えて返事をしていく。
すると、自分のコメントも読んでほしいファンたちが徐々に応援コメントを打ち込み始めた。今度は否定派の人たちの立場が悪くなっていく。これも全てKIRAの計算なのだろうか。それにしても、この短時間で人の気持ちがこんなにも変わるものなのかと、虹はコメントに目を通しながら感心してしまった。
「じゃあ、そろそろ今後の活動について話すね。ショコラ、喋れそう?」
「うん。頑張る」
KIRAはティッシュを取ると、ショコラの目尻に溜まった涙を丁寧に拭き取った。
ショコラは決意を固め、画面と向き合う。
「これまで虹色チョコレートファッジで、僕を応援してくれてありがとうございました。この機会に、本来の活動の目的を考え直してみました。そうしたら、僕の願いはとっくに叶えられてて、これ以上『虹ファジ』を続ける理由がなくなったと気付いたんです。だから、この配信は今日でおしまいにします」
今度はショコラのファンから悲しみの声が届いた。水曜日の夕方五時。これはショコラとファンが繋がっていた時間。それがなくなってしまうのは、ファンにとっては悲しいことだ。KIRAがすぐ隣にいるショコラに届くように、コメントを拾って読んだ。
「ショコラ、やっぱ愛されてんじゃん。俺だってみんなと同じ気持ち。仕事に向かう電車で、虹ファジ観るのが楽しみでさ。それが無くなるって思うとやっぱ寂しいよね」
「でも、SNSはやめないからね。みんなと繋がれるのは僕にとっても大切は時間だから……その……そう、僕は青山です。ずっと、誰にも内緒でこの活動をしてきました。違う自分になりたくて。かわいいって言われたくて。なりたい自分の姿を受け入れてくれて嬉しかった。友達みたいに接してくれて楽しかった。みんなの優しさと温かさに支えられて一年続けられました。本当にありがとう」
KIRAは頷きながらショコラの話に耳を傾けた。一人のファンとして。
続けて再びKIRAが話し始める。
「でね、虹ファジは終わっちゃうんだけど。これからは二人でメイク中心の配信をしようって話してて。SNSでもよくショコラのメイクの仕方が知りたいってコメントを見かけるし、もう正体も何もかもバレちゃったし。それならいっそ堂々と、すっぴんの状態から始められるって思ったんだ。配信の時間とかはどうしても俺に合わせて貰わないといけないから、水曜日じゃ無くなるけど。またそれは追って発表する。興味があるよって人だけ来てくれればいいから」
KIRAの呼びかけにファンが反応を返す。もう今は、本当のファンの人しかいないようだ。
屈しない態度が見事にアンチの人たちを撃退した。ショコラの正体がバレるまでは予想していなかったが、KIRAはそれをも味方につけた。
これはKIRAの理想の形に収まったのかもしれないと虹は思う。
いきなり本名を出されて焦ったけれど、もう嘘と秘密を抱えなくてもいいのは虹にとっても好転したと捉えられる。もちろん、それは一人じゃないという安心感あってのことであるが……。
その後の配信はとても穏やかな時間であった。
一時間の予定だった配信も、終わった時には三時間近く経っていた。途中からはほとんどKIRAとショコラのファンがメイクとショコラについて語り合っていただけだったが、そのおかげで二人の配信になっても多くの人が応援してくれる運びとなったのだ。
「それじゃあ、今後詳細が決まり次第報告するから、情報追ってね」
カメラを切ると、どっと疲れが押し寄せた。
気が気じゃなかった。極度の緊張が解けて、虹は大きく息を吐き、そのままKIRAに凭れかかる。
「お疲れ、虹」
「うん」
「いいよ、少し休んで」
KIRAがベッドに運んでくれた。
「寝てていいよ。メイク落としておくから。起きたらまた話をしよう」
KIRAがショコラのウィッグを外し、頭を撫でてくれる。
「天ヶ瀬くん、ここにいて」
「いいよ」
虹は緊張の糸が切れ、自然と涙しながら眠った。悲しくて泣いたのではないとKIRAに言いたかったが、眠すぎて無理だった。