水曜日の配信が終わるまで学校は休んだ方がいいとKIRAに言われ、それに従っていた。ショコラの正体がバレていないとはいえ、やはり噂は絶えないのだと教えてくれた。
月曜日、直樹がキレたことで女子は相当怯えているみたいであるが、KIRAたちを腫れ物に触れるように扱うのが酷くなっているようだ。居心地の悪さは、配信の後もっと悪化するとも考えられる。それでもKIRAは配信を中止する選択肢は選ばなかった。
放課後、虹にメイクを施すと、「ショコラに着てほしい」と新しいワンピースをプレゼントしてくれた。モデルの撮影で女性モデルが着ていたのを気に入り、買い取ったそうだ。
「ありがとう」
「少しでも気分上がるかなって思って。虹は緊張してるだろ? 俺は楽しみだけど」
「楽しみなの?」
「だって、公にしてしまえば隠しようもなくなるじゃん。なんか早く言ってスッキリしたい」
KIRAはあまり誹謗中傷に関心を持たない。KIRAは信用している人の言葉しか聞き入れない。
心のこもっていない言葉は、彼の中に蓄積されないのだ。
そんなKIRAを羨ましいと思ってしまう。虹は投げられた言葉を全て抱え込んでしまう。
今日の配信もKIRAがいるから安心しているとは言い切れない。やはり心のどこかでは不安がある。
準備を進めながら、深呼吸を繰り返す。
「挨拶から俺が喋るから」
「お、お願いします」
ショコラのSNSでも今日の配信を通常通り行うか、何も発表していない。鍵も掛けたままだ。そのアカウントを解放した。配信の数分前。
『お知らせがあります』と配信で喋る旨を流すと、リマインダーがたちまち登録されていく。
「じゃあ始めるね」
KIRAは本当に最初からショコラの隣に座り肩に手をかけている。そんな状態で始めて大丈夫なのかと虹の方が心配してしまうが、こうなってしまえばKIRAに任せるしかない。
配信が始まると、思いがけずKIRAが映し出されたことにコメント欄に悲鳴が飛び交う。それと同時に閲覧数が爆速で増えていった。
CHRAMの配信と同等くらいの人が集まってしまい、虹は内心、緊張感が高まる。
「こんにちは〜。虹色チョコレートファッジです。俺、これ言ってみたかったんだよね」
KIRAは至って『いつも通りのKIRA』で喋り出す。気怠くて甘い、時折掠れる声。
『なんでKIRAがいるの?』
『そこってショコラの家だよね?』
『やっぱりデートは本当だったの?』
同じような質問が次々に投げられるが、KIRAはその全てを無視してマイペースに話し始める。
「えっとね、ショコラのファンの人は気付いてくれてたけど、ショコラのメイクがある時から変わったよね。あれは俺がやってたんだよね。事の経緯を話すと、もともと俺がショコラのファンで……」
KIRAの言葉に鋭敏にファンが反応する。
KIRAがショコラのファンだというのは信じたくない様子がそこから伝わってくる。
というよりも、KIRA自身に『推し』がいるのが相当なショックだったようだ。
虹ならこの時点で予定を変更して、全て話すのをやめてしまいそうだと思ったが、KIRAはまるで気にしていない。
自分が将来メイクアップアーティストを目指していること言う事、そしてショコラにその練習台になって欲しいと自ら頼んだ事、会ってみるともともと顔見知りだったと判明したこと。
概ね嘘ではない内容を説明していく。
そうしてさりげなく、KIRAは自分のセクシャリティーも暴露した。
「俺はもともと、同性しか好きになれない。所謂ゲイってやつで……。あ、これちゃんとバンドメンバーにも許可とってるから。ショコラが男だって勿論知ってたし、最初から恋愛感情持ってたし。ショコラより俺から迫った的な。な、ショコラ?」
不意に隣のショコラに顔を向け、頬を親指で撫でた。
画面には再び悲鳴が飛び交う。
KIRAは確実に視聴者を煽っている。そんな余裕がどこにあるのだ。虹は冷や汗が止まらない。
「んで、確かに俺ら付き合ってる。認めるし、二人で話し合って……っていうか俺が言いたいって言ったのを許してくれたって感じなんだけど、こうして配信してる。ショコラは、俺にとってすげー大切な人なんだよね」
KIRAがそこまで話した途端、コメント欄が一気におとなしくなった。それでもKIRAは構わず話を続ける。
「でもさ、流出した写真には悪意があるから許してない。一緒にいたリナに酷いこと言ったやつも許さない。俺らは普通に休日を楽しんでたってだけ。それがいけないこと? 別に、悪いことしたって俺らは思ってないけど」
ショコラの分まで喋らせているから、CHRAMの配信の時よりもKIRAは喋っている。彼なりの必死さが伝わってくる。何より、ショコラや友達を守ろうとしてくれているのが嬉しかった。今頃この配信を見てるであろうリナは、画面の前で号泣していそうだと虹は思った。
普段、KIRAは自分の話をしない。友達の話なんかもっとしない。そんなKIRAが、必死に大切なものを守ろうとしている。
その時、画面に映し出されたコメントが目に止まった。
『だって男同士なのに。そんなの普通じゃない』
普通じゃないという言葉に、虹は喉をくっと鳴らした。言われるだろう思っていたことが現実になってしまった。一般的には同性愛を受け入れてくれなくてもおかしくはないのは、頭の中では理解できていたが、実際面と向かって言われると、思った以上にショックであった。
身構えてしまい、両手を組んでびくりと肩を戦慄かせた。
その数秒後、さらに虹を追い詰めるコメントが流れてくる。
『っていうか、もしかしてショコラって……青山?』
ハッキリと名前を書かれてしまい、虹は瞠目し、あからさまな反応をしてしまう。
なぜかバレてしまった。完璧にメイクをしてもらい、ウィッグを被り、衣装も全て『青山虹』を封印している。
『青山って誰wwww』
『実名やばくない? 知らんけど』
『KIRAと同じ学校なの?』
『いや、良くは知らない。目立たないから苗字しか知らない』
『KIRAの恋人ってそんな地味なのwww』
再びコメント欄が荒れる。
「ショコラ、見なくていい」
KIRAは虹を抱き寄せたが、虹の頬には涙が伝っていた。