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第4話 ファン同士

「大丈夫?」

 KIRAが手を伸ばす。こんな贅沢は他のファンの人に申し訳ない。自分だけ推しに触れるわけにはいかない。

「あの、一人で立てます」

「腰抜けてんじゃん。無理すんなよ」

 KIRAの手を取らない虹に、「お茶出して」なんて言いながら立ち上がれない虹を抱え上げ、リビングのドアを開ける。

「ひゃぁぁああ!! あの、ほ、本当に、僕……だ、だいじょ……お、下ろしてください!!」

「ふっ……はは! おもしれぇ」

 KIRAがこんな強引な人だとは知らない。学校でも周りがカッコいいだの付き合いたいだのと囃し立てる中、一人落ちついている印象しかない。でも今のKIRAは別人のようだ。どっちが本当の天ヶ瀬綺羅なのだろう。

「で、聞いてい?」

 ソファに虹を下ろすと、背凭れに腕をかけじっと見つめる。目を逸らしたいが、吸い込まれそうな瞳に釘付けになってしまう。それにこの声で喋られると、脳髄から蕩けてしまって思考回路が停止する。

 さっきからKIRAの距離感はバグっている。顔をぐいと寄せ、「話聞いてる?」とKIRAがいい終わらないうちに、虹は「ひっ」と小さく呻り、意識を失ってしまった。


 次に目が覚めると、虹はソファで横になっていた。薄らと開いた目にさっきまで被っていたウィッグが映る。

(あれ、僕……KIRAが来て、リビングに運ばれて……ウィッグ、なんであんな所に……)

「目、覚めた?」

「っ!! キラ……?」

「そ、CHRAMのヴォーカル、KIRAでーす」

 虹に向けてピースをしながら覗き込んでいる。

「青山……って、表札に書いてたよな? 青山……青山……青山虹?」

「僕の名前……知って……」

「クラスメイトの名前くらい知ってるよ。ってか、出席番号続きじゃん。あおやま、あまがせ……な?」

「そうでした……でもまさか、覚えてくれてると思わなくて」

「流石にショコラが虹とは思わなかったけどな」

 いきなり名前で呼ばれて心臓が跳ねる。この声を聞いているだけで何度でも失神できそうだ。

 プライベートだからか、KRIAはよく喋った。

 虹は頷くのに必死だが、『虹』という名前を褒めてくれたり、ショコラのメイクを褒めてくれたり、とにかくずっと虹を褒めてくれる。それに、本当に生配信を観てくれていたんだと思う内容に、心が浮ついて落ち着かない。


「あの、ショコラの正体が僕だって知って、その……ショックを受けませんでしたか?」

「ショック? なんで?」

「だって、学校では暗いし……」

「暗いかな? 別に普通じゃん。まぁ、俺らの周りは五月蝿いけど。虐められてる訳でもないだろう?」

「はい、それはありません」

「友達だっているじゃん。萩原だっけ?」

「はい、綾くんは部活も同じで」

「何部?」

「美術部です」

「へぇ、今度見せてよ。美術室なんて行く機会ないから招待してもらおうかな」

「それはダメです」

「なんで?」

「KIRAが来たなんて事件が起きれば、美術部の誰も対応できません」

「事件って……あはは!! 虹って面白いのな」

 また、声を出して笑った。

 虹は目を丸くしてKIRAを凝視した。いつもはクールを通り越して気怠そうなKIRAしか見たことがない。もしこれが自然体のKIRAなのだとすれば、他の人が見たことのないKIRAを見られてラッキーかもしれないと密かに思った。


「虹はなんで配信始めたの?」

「かわいいって、誰かに言って欲しくて。でも誰にでも言える趣味じゃないし」

「じゃあ萩原にも言ってないんだ?」

「勿論です。友達だからこそ言えません。母親でさえ知らないですし」

「徹底してんね。もしかして、ショコラの正体を知ってるのって俺だけだったりして……」

「勿論ですよ。天ヶ瀬くんにもバレる予定はなかったくらいです」

「そりゃそうか。でも配信なんて思い切ったね。虹って意外と行動力ある」

「最初は写真の投稿だけだったんですけど、そのうち配信もしてほしいって言われるようになって。最初は仕方なくって感じだったんですけど、今では一番の楽しみになってます」

 KIRAは虹の話を頷きながら聞いているが視線は自分のスマホに向いている。気になるアプリがあるのか、何度か画面をタップすると、虹に画面を見せた。

「因みに、俺がスターね」

「へ? 天ヶ瀬くんが……スターさん?」

「そ、俺、ショコラのガチ勢だからね」

「嘘……まさか……そんな……」

「何? 俺じゃ不服? もっといい男を想像してた?」

「ちがっ!! だって、天ヶ瀬くんが配信観てくれてるなんて思いもよらないし、いつも応援してくれてて……こんな贅沢なこと、起っていいのかなって」

「贅沢って、勝手にファンになったのは俺なんだし」

「ファ、ファンだなんて!! それは僕の方が……って……!!」

「え、まさか、虹も俺のファン? それって、相思相愛じゃね?」

「そんな、やめてください。厚かましくありません。心臓に悪い」


 これからも密かに推し活する人生の予定が大幅に狂い、まだ頭が追いついていない。

 KIRAはきっと虹が話しやすいように気を遣ってくれている。さり気ない心遣いまでかっこいいなんて、ズルい。

 KIRAは常にカースト上位の人たちに囲まれていて、周りからも一目置かれている。読者モデルの時だって、CHRAMの時だって、華やかな世界にしかKIRAは存在しない。虹はそこに迷い込んてしまった微生物のような気持ちになってしまう。同じ空気を吸ってしまい、浄化され、きっと光の中に消えてしまうだろう。

 もしかすると今日が命日なるかもしれないとは、口が裂けても言えなかった。


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