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第2話 KIRAという存在

 実は高校一年生の時、ほんの一瞬だけKIRAと話をしたことがある。廊下ですれ違い様にカバンがぶつかり、その拍子に尻餅をついてしまった虹に、KIRAは「ごめん、怪我してない?」と手を貸してくれたのだ。話したと言ってもその一言だけ。本人は忘れているだろうが、虹にとってはあれがまさに運命の瞬間だった。それからずっとKIRAの声が頭から離れない。

 その上、二年生に上がると同じクラスになったのは神様のサプライズなのか、否、もはやこれはハプニングかもしれない。もしくはドッキリと言われれば、むしろ安堵したかもしれないと言う状況になる。

 毎日KIRAの声が聞こえてくる。

 顔を隠すほど髪を伸ばしておいて良かったと思わずにはいられなかった。

 もとい、KIRAは常に人に囲まれていて、本人は然程喋らないとも気付いてしまった。

 同じクラスになれても、貴重な存在というのはどこまでもその価値が保たれるのだろう。


 それでも配信となれば話は別である。KIRAを堂々と見られるチャンスで、確実に声を出してくれるという保障付き。今ではすっかり生配信視聴の常連で、心ばかりの投げ銭をするのが楽しみになっている。

 KIRAの声をイヤホン越しに聴ける日が来たのは神様が与えてくれた奇跡としか思えない。

「わっ! 始まった!」

 動画アプリを開くと、開始が遅れていたらしく最初から見ることができた。

 イヤホンを差し込んでいる耳にだけ、集中する。

『待たせてごめん。機材トラブルがあって……まぁ、でも大丈夫そう? 今メンバーが調整してて……俺一人で喋っとけ的な。でもさ、一番喋るの任せるのダメなヤツじゃんね? あ、早速お布施ありがとう。『チワワさん』いつも投げてくれる人だ。今日も聴いてくれてる。ちゃんと覚えた』

「ひゃっ!! KIRA君に認知されてた!! しかも名前呼んでくれた。嘘……嬉しい……」

『チワワ』とは、虹が配信閲覧用に使っているアカウントの名前だ。小さくてうるうるの瞳がかわいい小型犬。とにかく、かわいいと言う印象を持って欲しくてつけたアカウント名である。

 感涙しながらも、チワワとして『応援してます。覚えててくれて嬉しいです』とコメント打つ。

 このコメントは拾われなかったが、虹の配信と比べ、CHARMの配信は猛スピードでコメントが流れていく。それこそ投げ銭でもしなければファンの声は届かない。でもまだ高校二年生の虹には何度も投げ銭をするのは無理がある。一度だけ読んでもらえただけで、今夜は眠れないかもしれないと思うくらい有頂天になった。


『今日はさ、新曲発表します。それと、前のアンケートで一番リクエストが多かった『after the Rain』の二曲。だからいつもより配信時間が長くなるけどいい? まぁ、いいよね。テキトーに出たり入ったりして』

 KIRAは学校でいる時と印象が変わらない。喋り方も、少し低い声も、笑う時に伏せ目になるのも。全て素のままだ。

 時折カメラに流し目を送ると、コメント欄が悲鳴のような歓声で溢れかえる。

「ひゃっ!!」

 あまりの色気に息を呑む。直ぐに反応する余裕など虹にはない。きっとKIRAもこの反応が返ってくると分かってて意図的にやっているのだが、ファンサに怒る人がいるわけがない。

 今日は特に視線サービスが多い気がする。KIRAと目が合った気持ちになり、演奏が始まる前に失神しそうだ。


 他のメンバー二人も加わり、直ぐに演奏が始まる。

 耳から入ったKIRAの声が全身に放散されていく。体がKIRAで埋め尽くされる。画面のKIRAから目を逸らせたくないのに、思わず目を閉じて聴き入ってしまう歌声……。

 新曲がCHARMには珍しい失恋ソングというのも相まって、虹の瞳から自然と涙が流れた。

「すごい。やっぱりKIRAはすごいな……」

 KIRAが歌っている間、コメント蘭は一気に何も流れなくなる。みんなKIRAの歌声に聴き惚れているのだ。

 このままずっとこの空間にいたいと思わせる。掠れた声がより切なさを演出している。甘い声がKIRAと恋をさせてくれるように響き渡る。

 虹は今日の配信を何度も見直すだろうと思った。そして毎回、新鮮な気持ちでこの歌を聴くのだろうと。

『聴いてくれてありがとう。じゃあ、またね。CHRAMでした』

「終わっちゃった」

 アプリを閉じ、しばらく余韻に浸っていた。

「今日もカッコよかったな」

 明日はきっと学校が大騒ぎになるだろう。教室に他のクラスの人たちも押し寄せるだろう。

 しばらくKIRAの生の声は聞けそうにない。

 次のCHRAMの配信は週末のはず……。それまでは過去の動画と雑誌やSNSを観て過ごすしかない。

 KIRAとどうにかなりたいなんて、烏滸がましいことは考えない。彼は住む世界が違う。KIRAの周りはいつも煌めいていて、眩しくて、まさに『手の届かない』存在だ。

 虹はただのファンの一人。幸せをくれる神様みたいな人。それがKIRAだ。

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