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第22話 発情期抑制剤

「な、なんだよ……」


(俺、何かまずいこと言ったか?)


「いや、ありがとう……」


 浩二朗は優しく微笑むが、俺は浩二朗のお礼の意味が分からず首を傾げ、また眉間に皺を寄せた。


「話を戻そうか。ここへ到着して話した通り、父が研究していたのはオメガの発情メカニズム。そして、僕が完成させようとしているのは……発情期抑制剤なんだ」


「発情期……抑制剤……?」


「そう。正確には性誘引フェロモン抑制剤……。オメガの……発情期の発生自体を失くすものだ」


「発情期を……失くす?」


(そんなこと……)


 想像もしていなかったことを浩二朗に言われ、俺は理解が追いつかず、首を何度も横に振った。


「いや、そんなことできるわけないだろ? だって、そんなものが本当にあったら……」


「オメガは……日常生活を送れるようになる。アルファやベータと何一つ変わらずに……ね」


(そんな馬鹿な……)


 そんな都合のいい、夢のような話があるわけないと思った。


 だが、俺を見つめてくる浩二朗の目は、逸らされることなく俺を真っ直ぐ見つめていた。


 その目から、俺には浩二朗が冗談や嘘を言っているようには到底思えなかった。


「その話、本当……なのか? 信じていいのか……?」


 声を震わせながら訝しげに尋ねた俺は、浩二朗が深くゆっくりと頷いたため、思わず息をのみこんだ。


「まさか……。でも、そんなの、どうやって……」


「椿はもう、気付いていたよね。ここにある花の全てが、香りがしないことに」


「ああ……」


 俺のもとに届けられていたツバキの花同様、たしかにこの温室に咲く花は、全くと言っていいほど香りがしなかった。


「受粉するために花は香りを放ち虫を呼ぶ……。ここの花は、一定のタイミングで一斉に香りを放つように改良されているんだ。発情期を再現するように……ね」


「そんなこと……」


 できるはずがないと俺は思ったが、無臭の花で溢れている温室の中にいる事実が、浩二朗の言葉を証明していた。


(この状況が研究の成果だとすれば……本当に……)


「僕は父の残した研究資料で、一つの可能性に気が付いたんだ。性誘引フェロモンは、一定量を越えて放出されなければ、発情を引き起こさないんじゃないかって。けど、フェロモン生成自体を止めることは難しい。だから僕は……」


「蓄積されないよう、少しずつ放出させる……」


「そういうこと」


(たしかにそれなら……。でも、本当に……)


 浩二朗の夢のような話に、俺の胸は高鳴り続けた。


 浩二朗の話が本当に実現すれば、オメガに対する差別もなくなるかもしれない。


 人として普通に生活することを許されず、アルファに飼われて生きていくことしかできないオメガ。


 第二次性を変えることはできないが、隠して生きていくことが可能になるだけでも、オメガにとっては大きな一歩だ。


「浩二朗! 俺……!」


 俺は興奮気味に浩二朗の名前を呼ぶが、浩二朗は唇を噛みしめて目を瞑った状態で俯いていた。


「僕の仮定である理論を立証をするために……僕は椿を利用しているんだ。何も聞かされずにここへ来た、椿を……ね」

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