「な、なんだよ……」
(俺、何かまずいこと言ったか?)
「いや、ありがとう……」
浩二朗は優しく微笑むが、俺は浩二朗のお礼の意味が分からず首を傾げ、また眉間に皺を寄せた。
「話を戻そうか。ここへ到着して話した通り、父が研究していたのはオメガの発情メカニズム。そして、僕が完成させようとしているのは……発情期抑制剤なんだ」
「発情期……抑制剤……?」
「そう。正確には性誘引フェロモン抑制剤……。オメガの……発情期の発生自体を失くすものだ」
「発情期を……失くす?」
(そんなこと……)
想像もしていなかったことを浩二朗に言われ、俺は理解が追いつかず、首を何度も横に振った。
「いや、そんなことできるわけないだろ? だって、そんなものが本当にあったら……」
「オメガは……日常生活を送れるようになる。アルファやベータと何一つ変わらずに……ね」
(そんな馬鹿な……)
そんな都合のいい、夢のような話があるわけないと思った。
だが、俺を見つめてくる浩二朗の目は、逸らされることなく俺を真っ直ぐ見つめていた。
その目から、俺には浩二朗が冗談や嘘を言っているようには到底思えなかった。
「その話、本当……なのか? 信じていいのか……?」
声を震わせながら訝しげに尋ねた俺は、浩二朗が深くゆっくりと頷いたため、思わず息をのみこんだ。
「まさか……。でも、そんなの、どうやって……」
「椿はもう、気付いていたよね。ここにある花の全てが、香りがしないことに」
「ああ……」
俺のもとに届けられていたツバキの花同様、たしかにこの温室に咲く花は、全くと言っていいほど香りがしなかった。
「受粉するために花は香りを放ち虫を呼ぶ……。ここの花は、一定のタイミングで一斉に香りを放つように改良されているんだ。発情期を再現するように……ね」
「そんなこと……」
できるはずがないと俺は思ったが、無臭の花で溢れている温室の中にいる事実が、浩二朗の言葉を証明していた。
(この状況が研究の成果だとすれば……本当に……)
「僕は父の残した研究資料で、一つの可能性に気が付いたんだ。性誘引フェロモンは、一定量を越えて放出されなければ、発情を引き起こさないんじゃないかって。けど、フェロモン生成自体を止めることは難しい。だから僕は……」
「蓄積されないよう、少しずつ放出させる……」
「そういうこと」
(たしかにそれなら……。でも、本当に……)
浩二朗の夢のような話に、俺の胸は高鳴り続けた。
浩二朗の話が本当に実現すれば、オメガに対する差別もなくなるかもしれない。
人として普通に生活することを許されず、アルファに飼われて生きていくことしかできないオメガ。
第二次性を変えることはできないが、隠して生きていくことが可能になるだけでも、オメガにとっては大きな一歩だ。
「浩二朗! 俺……!」
俺は興奮気味に浩二朗の名前を呼ぶが、浩二朗は唇を噛みしめて目を瞑った状態で俯いていた。
「僕の仮定である理論を立証をするために……僕は椿を利用しているんだ。何も聞かされずにここへ来た、椿を……ね」