「ねぇ……。椿は、オメガの発情について、どれくらい知っている?」
「えっ……?」
顔を逸らされたままの浩二朗が急に投げかけた質問に、俺は思わず声を震わせてしまうが、息をのみこみ、必死に平常心を装いながら答えた。
「そうだなー……。月に一度やってきて……フェロモンでアルファを惹きつけて……」
「そう。そのフェロモンを……僕たち研究者は、性誘引フェロモンと呼んでいるんだ」
「性……誘引……」
誘引という言葉に俺は、オメガである自分の存在が悪だと言われているように感じてしまい、笑みを浮かべていたのを忘れて無意識に、言葉を詰まらせてしまう。
「……。ごめん、不躾だったね……」
俺の変化に浩二朗はすぐに気がつくと、スッと、ベンチから立ち上がった。
そして、俺から距離をとるかのように歩き出そうと一歩踏み出す。
「待った!」
俺は慌てて浩二朗の白衣を掴み、叫ぶように浩二朗を呼び止めた。
驚いた顔で振り向いた浩二朗は、俺が白衣を掴む手を見つめると、踏み出した足を元に戻した。
「椿、手が……」
俺の白くて細い指先は、あまりに強い力で浩二朗の白衣を掴むせいで赤くなっていた。
「頼むから……どこにも行くな……! 頼むから……。俺を置いていかないでくれ……」
「椿……」
(俺はずるい……。浩二朗が優しいことを……利用しようとしている)
浩二朗の白衣を握りしめていた手に、俺はさらに力を込めると、必死な表情で浩二朗の顔を見上げた。
(けど……。それでも……お前のそばにいられるなら……)
「浩二朗……。お前なんだろ? 毎年、俺に花を届けてくれていたのは……」
「……っ!」
俺の言葉に驚いたように浩二朗は目を見開くと、すぐに俺から顔を逸らした。
そしてそのまま、自分の顔を片手で覆うようにして軽く俯くと、浩二朗は何かを考えるように黙ってしまった。
(浩二朗は優しい……。きっと、毎年花を届けてくれていたのは……罪悪感からだ。俺が騙されていることを知って……。けど、それでも俺は……)
俺はじっと浩二朗の答えを待つように見つめ続けていると、浩二朗は俺に向かって顔を向け、俺を真っ直ぐ見つめ返した。
「椿……。僕は……」
言いかけた浩二朗は思い直したように首を横に振ると、少し屈み、俺が必死に白衣の裾を掴む手に自分の手を重ねると、白衣から静かに手を外させた。
「浩二朗……」
俺は縋るように浩二朗の名前を呼び、浩二朗の手を掴んで見上げた。
「椿……っ」
切なげに、まるで胸が押しつぶされているかのように、浩二朗は俺の名前を呼ぶ。
離して欲しいという意味で俺の名前を呼んだことは、俺自身も分かっていた。
だが、それでも俺は浩二朗から手を離すことなく、首を必死に何度も横に振った。
「離さない……。だって……!」