『お前は絶対にアルファだ。こんなに優秀なんだから、アルファでないはずがない。だが、お前にはオメガの血が混じってしまっているんだ。あそこにいれば、完全なアルファにしてもらえる。大丈夫、第二次性がアルファだってちゃんと分かったら、すぐに迎えに行く。お前なら……』
(……。お父様に、俺がアルファじゃなかったら……オメガだったらどうするのか……。あの時、聞いておけばよかったかな)
幼い頃に言われた父の言葉を、今まで疑うことなく信じきっていた自分に呆れた俺は、鼻で笑った。
「椿……?」
浩二朗は不思議そうな顔で、俯いたままの俺の横顔を見つめた。
(バカだなー……俺。本当にバカだ。自分はアルファだから……大丈夫だからって言い聞かせて……)
「そっ……か……。そっか……。それじゃあ、お前も……浩二朗もなのか? その、研究ってやつは……」
俺の質問に、浩二朗はゆっくりと頷いた。
(じゃあ、あの場所に浩二朗が現れたのも、俺の名前を知っていたのも、全部……。俺が実験対象……モルモットだったからってことか……)
胸に感じるつかえが喉に上がってくる感覚を押し返すように、俺は息を吸い込むと、軽く目を瞑って上を向いた。
「椿……」
そのまま黙ってしまった俺に、浩二朗は心配そうに名前を呼ぶ。
その声色に、浩二朗の優しさを感じた俺は、胸がひどく締め付けられた。
(浩二朗……)
『オメガは誰にも愛されない!』
俺の頭の中で、母の叫び声がまた響いた。
(分かってるよ……。けど……なんで浩二朗は、俺に優しくするんだ……?)
重ねていた自分の手に、俺はもう一度力を込めると、静かに息を吐き出した。
(違う。俺は分かっているはずだ。浩二朗の優しさは……。だから、俺に対して特別な感情なんか……)
俺は何かをしまい込むように笑顔を作り浮かべると、浩二朗へ顔を向けた。
(けど、俺は……)
「なんでもない。なんでもない……から……」
「……」
必死に笑みを浮かべた俺に対して、やっと目があった浩二朗は、どこか悲し気な表情で眉間に皺を寄せて、俺を見つめ返した。
その表情の意味が分からず、俺は内心戸惑ってしまう。
だが、笑顔を崩してしまうと、また胸の奥から感情が溢れ出してしまいそうで、そのまま必死に笑顔を浮かべ続けた。
「……。その顔は……また、僕がさせてしまっているんだろうね……」
「えっ……」
浩二朗の言葉に自分の心を見透かされたような気がした俺は、握りしめていた自分の手へ動揺を隠すように力を込めるが、笑顔は決して崩さず言葉を続けた。
「何言って……んだよ。俺は別に……」
「……。やっぱり、アルファなんて呪われた生き物は、さっさとこの世から消えてしまったほうが、いいのかもね……」
抑揚のない声で小さく呟いた浩二朗は、俺から顔を逸らすと、机に置かれた書類の束の方を見つめた。