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第13話 俺なんて、なんの価値もないから…… 

「なんで……。なんでお前が……そんな顔をするんだよ……」


(やめてくれ……。まるで俺のために……俺を心配して……俺のことを考えてくれているみたいに……)


 俺の目に映る浩二朗の寂しげな表情に、自分のことを大切に思ってくれているのだと錯覚しそうになる自分自身を、俺は必死に押さえつけた。


 だが、頬に触れている浩二朗の手の温もりと、真っ直ぐ見つめてくる目が嘘偽りのないものに感じられ、俺は何もかも浩二朗に委ねたくなってしまう。


(ああ……もう……)


 俺は浩二朗の手のひらの温もりを感じながら、海の底へ溺れていくように身体の力を抜いて、ゆっくりと目を閉じた。


(今は何も考えたくない……。ただ、コイツの……浩二朗の体温だけは本物だと信じたい……。手を伸ばしたい……)


 そう思った俺は無意識に、頬へ添えられていた浩二朗の手に自分の手を重ねようとした。


『オメガは誰にも愛されない!』


 しかし、また俺の頭の中で母の言葉が響くと、俺の身体はびくりと震え、浩二朗の手に重ねようとしていた手を止めた。


(だめだ。今、コイツに縋ったら俺はもう……)


 俺は自分にそう言い聞かせ、伸ばしかけていた手からスッと力を抜いて下ろした。


 そして、今にも泣いて縋りたくなる気持ちをひた隠しながら、浩二朗に作り笑いを向けた。


「俺さ、きっとオメガなんだ。ハハッ……。バカだよな……。ずっとアルファなんだって、アルファになるんだって思って……。お前はさ、アルファなんだろ? なんか、羨ましくなって……さ。俺なんて……なんの価値もないから……」


(だめだ、声が震えて……)


 本当の感情を押し殺すため、必死に口角を上げて冗談交じりに俺は言ったつもりだったが、声の震えまでは抑えきれていなかった。


 すると、浩二朗は俺の頬に添えていた両手を、少しだけ俺の頬から離すと、そのまま俺の顔を手で挟むように軽く叩いた。


(えっ……)


 叩かれた力はとても弱く、痛みを感じることはなかったが、生まれて初めて人に叩かれた俺は作り笑いも忘れ、そのまま浩二朗を驚いた顔で見つめてしまった。


 そんな俺が見つめた浩二朗の顔は、眉間に皺が寄せられていた。


「それ、本気で言っているの……? 価値もないって……? それは、生きている価値もないってことなの?」


 物言いは静かだったが、表情から怒りを感じ取った俺はどうしていいか分からず、思わず浩二朗から顔を背けようとする。


 だが、俺の両頬を包んでいた浩二朗の手で固定され、俺は浩二朗から顔を背けることができなかった。


「じゃあ、あの時逃げようとしていなかったのも、それが理由? オメガだから何されてもいいって……。生きている価値なんてないって、そう思ったの?」


「あの時……。あの時は……」


 俺は言葉が続かなかった。


 母に向けられた殺意から逃げようとしなかったのは事実で、俺は言い訳も浮かばなかった。


 浮かんでくるのはもう、自分と未来に対しての絶望と悲観だけだった。


「じゃあ……どうすればよかったんだよ……」


 俺は我慢していたものが溢れてしまったかのように、一粒の涙を目から零れさせた。


 その涙は俺の頬を伝いきる前に、俺の頬に触れていた浩二朗の手の甲に移り、そのままゆっくりと浩二朗のシャツの袖口を濡らした。


 浩二朗はその涙の行方を寂しげな目で見つめ終えると、首を横にゆっくりと振った。

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