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第9話 白い鳩と椿の花

(似て……いる……)


 そう感じた瞬間、俺の心臓は高まり、咄嗟に俺は女性へ声をかけてしまった。


「あ、あの……!」


(あなたは……)


 緊張で、俺の声は掠れて震えていた。


 それでも、目の前の女性には十分届いているはずだったが、女性が俺に向かって振り向くことはなかった。


(えっと……)


「あのー……」


 今度はできるだけ優しい声色で、俺は女性に声をかけた。


「……」


 だが、それでも女性は微動だにせず、格子がつけられた窓の外をじっと見つめ続けるだけだった。


(はぁ……)


 拍子抜けな反応に俺の力は抜け、高鳴った心臓は次第に落ち着きを取り戻していった。


(聞こえていないのか、無視されているのか……それとも……)


 俺はとりあえず、ベッドのすぐ横に置かれていた木製の丸椅子に腰かけると、黙って女性を見つめた。


 黒髪の隙間から微かに見える、鼻筋や輪郭。


 細身というより、病的に瘦せ細った小柄な体形。


 皺のない白いシーツの上に、力なく置かれた色白の手。


 そんな吸い込まれそうな色白の手首には、無数の自傷行為の傷跡が浴衣の裾から微かに見えた。


(……)


 痛々しい傷跡に俺は胸が締め付けられると、思わず息を飲み込み、静かに女性から顔を背けた。


 すると、ベッド脇の小さなサイドテーブルに、黒い漆塗りの飾り櫛が置かれていることに気がついた。


(椿の花……)


 漆が塗られた光沢のある黒い飾り櫛には、白い鳩が二羽と、真っ赤な椿の絵が描かれていた。


(あの花と同じ……)


 艶やかに描かれている花弁の赤が、俺の部屋の窓辺に置かれていたものと同じだと感じ、俺は無意識に飾り櫛へ手を伸ばしていた。


「触わるなっ!」


「えっ?」


 急に聞こえた声に驚いた俺は、飾り櫛に伸ばしていた手を思わず止めた。


 すると、間髪入れずに俺は身体を強く押され、思いっきり突き飛ばされてしまった。


「……っ!」


 突き飛ばされた衝撃で俺は椅子から転げ落ち、床に身体を打ち付けてしまう。


 だが、俺は突き飛ばされた痛みを感じるよりも驚きが勝っていた。


(おとこ……? えっ……?)


 突き飛ばされた時に聞こえた声は、少し高いものの、明らかに男性の声だった。


 混乱して床を見つめる俺の視界に、骨の浮き出た裸足の白い足がゆっくりと入ってきた。


 俺は見上げるように顔を上げると、 俺のことを見下ろすその目は、俺を蔑むように冷ややかなものだった。


 「……!」


 しかし、そんなことよりも、息をするのも忘れるほど、俺はさらに驚いて目を離すことができなくなった。


 それは、他人の空似とは思えないほど、俺に顔がそっくりだったからだ。


 頬がこけて痩せ細っているにも関わらず、目が離せなくなるほど端正な顔立ち。


 俺は記憶の奥底に眠ったまま、微かに残る母の姿を思い出す。


 幼いころの記憶でぼんやりとしていたが、目の前の人物より、自分に似ていないことは確かだった。


 男性でありながらも、妊娠をすることができる性。


 全てを悟った俺は、思わず言葉が零れてしまう。


「オメ……ガ……」

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