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第6話 香りのない花

(今年も来てくれたんだな……)


 誰が置いているのか分からないが、誕生日になると窓辺にそっと置かれるようなった椿の花に、俺はそっと顔を近づけた。


(不思議だ……。香りが全くしないなんて……)


『椿』は香りのない花と言われていたが、それは微量というだけで、全く感じないという品種は俺がいくら調べても見つけることはできなかった。


(それに、一体誰が……)


 手の中にある深紅の花冠を、俺はじっと見つめた。


(今日で十四……か)


 俺は無意識に、花冠を包み込んでいた手に力を込めた。


(ここでこれを受け取るのも、今年が最後になるのか……。そう、最後なんだ。大丈夫。来月には証明されて……)


 何かを思い出したかのように、俺はスッと立ち上がった。


「勉強……続きしないとな。だって俺は……」


(アルファなんだから……)


 自分に言い聞かせるように、俺は心の中で呟くと辺りを見渡した。


 白い壁の部屋に置かれているのは、ベットと小さな棚、そして勉強机だけ。


 俺はベット横の小さな棚に向かい、その上に置かれた水差しを手に取ると、一緒に置かれていたコップに水を注ぎ、花冠を優しく浮かべた。


(いつかお礼が言えたら……って思っていたのにな……)


 歳を重ねたとしても、誰からも喜ばれることもなく、そもそも自分という存在自体がこの世に知られていないと理解していた俺には、自分の存在を誰かが認めてくれているようで嬉しく感じられた。


 それだけで、この施設での日々を受け止めて過ごすことができた。


(ありがとう……)


 送り主には伝えることはできない言葉を心の中で静かに呟き、俺は椿の花に向けて笑みを浮かべた。


「さてと」


 勉強に戻ろうと、花冠を浮かべたコップをそっと机の上に置いた。


 すると、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。


「はい、どうぞ」


 俺が反射的に返事をすると、部屋の扉が静かに開けられた。


(誰だ……? 初めて会う……よな?)


 そこには見たことのない、白衣姿の若い男が立っていた。


「今日は定期検診の日ではないと思いますが、何か御用でしょうか?」


 警戒心を覆い隠すように、俺は上品に口角を上げながら優しい口調で尋ねた。


 すると、白衣姿の男は一瞬驚いたような表情を浮かべた。


「あの……?」


 少し首を傾げながら、俺は男にもう一度声をかけると、白衣姿の男はハッとしたように一瞬目を見開いた。


 だが、すぐに白衣のポケットに両手を入れながら胡散臭い笑みを浮かべ始めると、俺に近づいてきた。


「香坂椿君……だね。こうやって会うのは初めてかな? 実は、君に会わせたい人がいるんだ。このまま私に付いて来てくれるかな?」


 白衣の胸元に付けられたネームプレートには、病院名と同じ苗字が書かれていることを確認した俺は、拒否権はないと理解し、黙って頷いた。


「じゃあ、行こう」


 踵を返した白衣姿の男の後ろを追いかけるように、俺は静かに部屋をあとにした。

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