この世界には男女の他に第二次性と呼ばれるもう一つの性が存在する。
世の中の重要ポストにつくアルファ。
人口の大半を占める平凡なベータ。
発情期をもつため人間以下の扱いを受けるオメガ。
この世界は、第二次性によってどのような運命を辿るか決まってしまう。
第二次性は、アルファ、ベータ、オメガの三種類に分かれているが、外見では全く判断がつかず、親のどちらかの性を受け継ぐ。
人口の大半はベータで、アルファは総人口の数パーセントしか存在せず、オメガはアルファよりさらに半分ほど少なく、希少な存在だった。
アルファには科学で解明はされていないが、あらゆる能力に長ける者が多かった。
それ故、遥か昔から、政治家や名家の当主はアルファのみで構成された。
世の中はアルファ至上主義の思想が深く根付き、子供をアルファにするため、アルファはアルファ同士で結婚することが暗黙の決まりだった。
だが、着床率が他の性と比べ著しく低いアルファには、いつの時代も跡継ぎ問題に悩まされていた。
そのため、名家の嫡男は本妻とは別に、男女問わずオメガの妾を囲った。
発情期の着床率がほぼ百パーセントであるオメガによって、アルファ性である跡継ぎの子どもを産ませるために。
ただし、第二次性は親の性を引き継ぐため、その高い着床率があったとしても、アルファと妾のオメガの間に生まれた子供は、オメガになる確率もゼロではなかった。
「あの子はオメガに違いないわ! あの見た目、見ればわかるでしょ? このお腹にいる子は絶対にアルファなんだから、あの子はもう必要ないでしょ!」
(ボクは……。ボクはいらないの……?)
「それはまあ、そうなんだが……。だが、あの子は……」
「オメガであればなんの意味もないこと、あなたも分かっていらっしゃるんでしょ? この子の将来のためにも、あの子を利用しないでどうするの?」
(ボクはオメガなの……? いらないの……? でもアルファならヒツヨウなの……?)
「嫌なことを思い出した……」
いつの間にか眠ってしまっていたことに気が付いた俺は、机にうつ伏せだった上体を起き上がらせると、身体が冷え切っていたため思わず身震いをした。
「窓、開けたままだったのか……」
腕の下敷きしてしまっていた分厚い本を閉じ、椅子から立ち上がった俺は、背凭れにかけておいた羽織を肩にかけて窓に向かった。
(今日は少し暖かいかと思ったが、さすがに日が傾いてくると風は冷たいな)
外側から鉄格子が嵌められた窓を俺は閉めると、ポタッと足元に何かが落ちた。
「あっ……」
足元に落ちてきたのは、俺と同じ名前である深紅の花だった。
俺は膝をつき、足元に落ちた椿の花を優しく掬うようにして、手の平で包み込んだ。