「麻生くんそれって」
言葉を詰まらせる成海さん。きっともう、わかっているんだ。
「じゃあ俺、帰るな。いっぱいごめん……」
「おい待てよっ。いいのか!?」
遠くから噛み付いてきた大雅に、むしろ俺から近付いて肩を組む。そしてさっき大雅が成海さんを守った時のように、引き寄せてみせた。
俺は大雅の耳元に囁く。
「成海さん気付いてるぜ? お前がレイくんだってこと」
大雅の心臓が飛び跳ねたのがわかった。
なんだよ。大雅も緊張すんだな。
そう思ったら妙に安心した。応援する気持ちが湧いてくるじゃんかって思った。
俺は大雅から離れて、帰り道へと歩幅を移動させた。
だけど足が、足を引き留める。
俺は最後だぞと自分に言い聞かせて、前を向いたまま気になっていたことを訊いてみた。
「てか、大雅よ。なんで放課後だけ来んだよ?」
可笑しくて。すげー可笑しくて。肩を笑わせながら言った。
「悪い」
そんだけかよ。けど、
「別にいいけどさ……。でも早く風邪治して学校にも来いよ? 俺、寂しっからさ」
「ああ」
「キス、勝手にごめんな」
「それは俺に言うことじゃない」
「ありがとう……。そんじゃあ頑張れ。楽しみにしてる」
「麻生、お前」
俺は足を止めない。
「麻生くん、私」
なのに、香りが俺を掴もうとする。だから慌てて足を速めた。
「ごめん。行くね?」
ごめんね成海さん。まるで逃げてるみたいだよな。でもあながち間違いでは――
「だめだ、成海さん」
足が止まっちまった。俺が呼び止められたわけでもないというのに。
俺はまた前へいそいそと両足を運んだ。すると途絶えた香りの代わりに、冷たい風が俺の背中をなじってきた。
「麻生くんっ、それでも私は……!」
だけど一瞬。一回だけ、成海さんの香りが俺のところまで会いに来た。
「ううん……っ。麻生くんどうもありがとう!」
とてもとても温かい想いが俺へ届いた。
「ありがとうは、俺の台詞だよ……」
そう大きな声で返したかったけど、上手く声が出なくて、あと顔も用意出来ないから、俺は前だけを見て手を振った。
成海さんの声、震えてたな。
でも大丈夫。きっと大雅は心を決めてくれたから。
成海さんと俺のために。