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第79話 パス

「麻生くんそれって」


 言葉を詰まらせる成海さん。きっともう、わかっているんだ。


「じゃあ俺、帰るな。いっぱいごめん……」

「おい待てよっ。いいのか!?」


 遠くから噛み付いてきた大雅に、むしろ俺から近付いて肩を組む。そしてさっき大雅が成海さんを守った時のように、引き寄せてみせた。

 俺は大雅の耳元に囁く。


「成海さん気付いてるぜ? お前がレイくんだってこと」


 大雅の心臓が飛び跳ねたのがわかった。


 なんだよ。大雅も緊張すんだな。


 そう思ったら妙に安心した。応援する気持ちが湧いてくるじゃんかって思った。


 俺は大雅から離れて、帰り道へと歩幅を移動させた。

 だけど足が、足を引き留める。

 俺は最後だぞと自分に言い聞かせて、前を向いたまま気になっていたことを訊いてみた。


「てか、大雅よ。なんで放課後だけ来んだよ?」


 可笑しくて。すげー可笑しくて。肩を笑わせながら言った。


「悪い」


 そんだけかよ。けど、か。うん。それくらいでいい。


「別にいいけどさ……。でも早く風邪治して学校にも来いよ? 俺、寂しっからさ」

「ああ」

「キス、勝手にごめんな」

「それは俺に言うことじゃない」

「ありがとう……。そんじゃあ頑張れ。楽しみにしてる」

「麻生、お前」


 俺は足を止めない。


「麻生くん、私」


 なのに、香りが俺を掴もうとする。だから慌てて足を速めた。


「ごめん。行くね?」


 ごめんね成海さん。まるで逃げてるみたいだよな。でもあながち間違いでは――


「だめだ、成海さん」


 足が止まっちまった。俺が呼び止められたわけでもないというのに。

 俺はまた前へいそいそと両足を運んだ。すると途絶えた香りの代わりに、冷たい風が俺の背中をなじってきた。


「麻生くんっ、それでも私は……!」


 だけど一瞬。一回だけ、成海さんの香りが俺のところまで会いに来た。


「ううん……っ。麻生くんどうもありがとう!」


 とてもとても温かい想いが俺へ届いた。


「ありがとうは、俺の台詞だよ……」


 そう大きな声で返したかったけど、上手く声が出なくて、あと顔も用意出来ないから、俺は前だけを見て手を振った。


 成海さんの声、震えてたな。

 でも大丈夫。きっと大雅は心を決めてくれたから。

 成海さんと俺のために。

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