「俺は全然いいけど」
大雅はそう言うと、こくこくと頷く成海さんから視線を外し、俺へと向き直った。
大雅は少し上目遣いになって、こいつはまた何を言い出すんだろうと言わんばかりな顔をする。でも成海さんからの視線を感じたのか、俺に合わせていた目をもう一度逸らした。すると大雅は、なんかやばいやつかもと察知したらしい。そわそわした様子の成海さんに、大雅は口元を引きつらせた。
「成海さん、ごめん……。大雅もごめん……!」
想いの分だけ、頭を深く下げる。見えているのはアスファルトの地面だけど、脳裏に映るのは二人の顔だった。
「あんなことして、ごめん!」
俺が言うと、動揺する二人の声が聞こえてきた。
ごめん成海さん。大雅の前で話されたくなかったよなぁ、やっぱり。
「待て麻生。あ、あんなことって、なんだ……?」
「キスした!」
「なっ……!?」
「あと、ぎゅってしちゃったんだ!」
顔を上げると、二人とも俺を見つめて固まっていた。……まずい。
「違うんだ大雅! 誤解しないでよ!」
力なくのけ反る大雅と、ちょっと泣きそうになっている成海さんに、俺は間違いをしてしまった経緯を話す。
大雅は只々話を聞いてくれた。最後まで遮らずに話を聞いてくれた。だから俺は、自分の感情の矛先を間違えたこと、成海さんに辛い思いをさせたことも全て話せた。
謝ったからって成海さんが負ったもの、大雅の中で壊れたもの、俺が失ったものが消えるわけではない。
だけど俺は後悔した。全部取り戻したいと思った。
それは俺が二人を好きだからで。
だから今さらだけど、謝るようなことなんて初めからしなければ良かったんだけど、あの時の気持ちが、これからの二人の邪魔になりたくないと思ったんだ。
俺なんかの所為で、二人の間に蟠りを作らせたくないから。
「俺がしたことは、さっきのやつと一緒なんだ。本当にごめん……。酷いことをして、傷付けてごめん……っ!」
俺は潰れるくらい目を瞑って、もう一度頭を下げた。
「一緒じゃないよ」
「……へ?」
優しい香りと声にはっとして顔を上げると、そこには成海さんがいた。
大雅は奥というか、さっきと同じ場所に立ったまま。困り顔で黙って頷いてくれている。
「さっきは怖かったけど、全然違うよ?」
成海さんは俺だけを見つめて話し始めた。
「麻生くんの気持ちを知って、私、色んな人の顔が浮かんじゃったの。その中にはもちろん麻生くんもいて、一緒に過ごしてきた時のこととか、どんどん思い出が甦ってきたの……。それで、自分の所為で麻生くんを追い込んでいたんだなって感じて、すごく申し訳ない気持ちになって。どんな態度を取ったらいいのかも、わからなくなっちゃったんだ……」
俺は目を白黒させる。
もちろん俺がしたことは最低で、きっと嫌だっただろう。けどでも、そんな意味合いが含まれていたなんて、成海さんがこんな俺にも優しさを向けてくれていたのだなんて、全然思いもしなかった。
「軽蔑されたかと思ってた……」
成海さんは慌てた様子で、胸の前で両手を振る。それは、思わず漏らしてしまった不安にまみれる俺の言葉を、いとも簡単に掻き消してくれた。
そして成海さんはその手を握り合わせると、瞳を揺らして言う。
「誤解させて、嫌な思いさせちゃってごめんなさい」
すごく思い詰めた表情。なのに俺、嬉しいなんて思ってる。
俺は頭を振って、しがみ付こうとする感情を飛ばした。
「なんで成海さんが謝るの。なんで……なんで俺が酷いことしたのに……」
やばい。俺、言いたくなってる。
大雅が来る前は言うつもりだったけど、でも過去形でふられて、そんで成海さんの背中押すつもりで来たんだけど。
けどなんでか成海さんを見ていると、それが全部関係なくなって、ただ伝えたくなってくる。
「麻生……」
――だめだ。それじゃあ同じだ。電車でしたことと同じだ。
二人は両想いなんだし、俺にはもう気持ちがないんだって早く言ってやんねぇと。今だって俺を見て、大雅も成海さんも困ってるじゃねぇか。
「あのさ……成海さん」
嘘じゃない。
「俺、大雅のことが好きだ」
これも本当の気持ち。
「変な意味じゃなくて、一番の友達としてだよ? ……だから」
いつも一歩出遅れてるから、最後くらい先に。
「だから、大雅のことお願いしていいかな?」
俺は、成海さんを真っ直ぐ見つめて言った。