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第76話 大雅の言葉

 ――店の外。階段下で成海さんを待つ。

 まだ六時前だけど夜みたいに暗いから、イルミネーションが綺麗に映えていた。

 予報に反して、雨はまだ降っていないようだ。ここを含め、駅前に並ぶ店から漏れる光や街灯で、空に厚い雲が覆っている様子は見て取れた。


「ははは。俺の出番なんてなかったな。さっすが大雅」


 あの後、男は店長からちょっとのお叱りを受け、促されるように店を後にした。

 全てが穏便に済んだのは表面上。店長は笑っていたけど、その裏に潜ませた漆黒の雰囲気は、確実に男にも伝わっただろう。大雅のメンチ切りとも合わさって、成海さんにも店にも、きっともう近付かないんじゃないかなって思う。


「あのさぁ、大雅。ちょっと話いいか?」

「……ああ。俺もしたいと思ってた」


 男前が際立つ真剣な顔つきで、大雅は俺を見つめ返す。俺はその視線を外して、思いっきり頭を下げた。


「大雅ごめん!」

「何言って。謝るのは俺の方だろ?」

「え……。どうしてお前が……?」


 顔を上げると、大雅は瞬きを繰り返し、困惑したような表情で俺を見つめている。だけどまたすぐに神妙な顔つきになった。


「俺の好きな子、知ってるよな? で、麻生……お前も成海さんのことが、好き……だろ?」


 その告白に俺は驚く。


「気付いてたのか!? いつ、いつからだよ!?」


 そこは訊くところじゃないだろって、言ってからまずったと思った。でも大雅は責められている感じも見せないで、真摯に俺を見据えて口を開く。


「休む前。二人でここ、ファミレスに来た時になんとなく。なんか麻生、色々様子がおかしかっただろ? 俺に葵さんのことを心配してきたりしてさ。あ、もしかして俺が成海さんを好きなこと、麻生は気付いてるかもって思った」


 ……やっぱり、あの時か。


「でも俺の気持ちに気付いているのに、麻生はなんで誤魔化そうと必死になっているんだって、そこを変に思ったんだ。けどちょっと意識してみたらさ、傘」

「傘?」


「ああ」と、そう返事をする大雅の表情は、少し晴れやかになる。


「成海さんの傘に入れてもらっただろ? そん時の様子とか見て、やばってなった。始めはいつもと同じように、無邪気に笑ってるなと思ったんだけど、そうじゃないわってなってさ。思い返せば色んな麻生がいたよなって、やっと気付けたんだ。だってお前の顔……」


 大雅はふっと頬を緩めて、続けて言った。


「成海さんといる時だけ、心から笑ってるみたいだったから」


 微笑む大雅に面食らう。久しぶりに、そんな顔を見た気がしたからだ。

 見とれてしまってうっかり反応が遅れた俺は、慌てて取り繕う。


「そ、そんなことねぇよっ。お前といる時だって心から笑ってるよ!」

「まぁそうなんだが、なんつーか……キラキラしているんだよ。恋と友情は違うだろ?」


 俺は目を泳がして「へぇふ」と、言葉にならない変な声を出した。


「ちょ、じゃあまさかっ。だから大雅はあの時、先に帰ったのか!?」

「ああ」

「っんだよ、それ……。まじかくそ……。ごめん大雅っ。悩ませてたっ」

「いや、悩ませてたのは俺の方だろ? ずっと気付いてやれなくて、本当ごめんな……!」


 時間差で頭を下げ合う。で、二人同時に顔を上げた。


「……けどさ、俺。麻生に負けたくないって思った」

「へ?」


 意外な言葉だった。だから、ぽかんと開いた口のまま訊いた。


「大雅は、俺のことなんか相手にならないって思わなかったのか?」

「何言ってんだよっ! 脅威だよ、決まってんだろっ! 葵さんなんかよりずっとだぞ? ほらお前、すげぇいいやつだし顔面勝者だし。……それに、ずいぶん成海さんとも仲良さそうにしていたし」


 恥ずかしいのか悔しいのか、最後の一言はもごもごと口籠らせていた。


「そっか……ありがとう。すっげえ嬉しい……!」

「なんだよそれ。今お礼言うところか?」

「だって大雅は一歩前どころか、俺のずっと先にいるとばかり思ってたからさ……」

「は? 俺はいつも、お前の隣にいただろ?」

「え……?」

「え、って……。ああそりゃあ俺は、自分のことばかりで麻生の気持ちも考えねぇで――」

「それはいいからっ、もう……。それにわかったんだ。しょうがねぇんだよ。好きな子の前だと周りが見えなくなるって、俺もすげぇ実感したからさ」


 成海さんの戸惑った顔を思い出しながら言った。


「なんかすげぇ思い詰めさせちゃってたんだな、お前のこと。でも俺、麻生のこともちゃんと大切だから。だから勝手に置いていかれたとか思うなよ。俺に線引いて、一人で離れようとするな!」

「大雅……」


 なんか泣きそうだ。そう思うのに俺の顔は笑っている。


「おぅ、わかった。もう、うじうじしねぇ。ありがとうな大雅!」


 大雅の言葉が、俺の足元の境界線を吹き飛ばしてくれた。

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