大雅はスピードを緩めることなく、そのまま体当たりしそうな勢いで喫煙室の扉を開けた。
俺もすぐに追い付く。壁についた手が振動を受け止めると、ガラスの奥で二つの反応が見えた。
そして扉が閉じきる前に、大雅に続いて俺も室内へと滑り込む。
「成海さ――」
既に成海さんは大雅の腕の中にいた。
「な、なななんだよ、おおおお前ら!」
「…………」
大雅は黙ったまま。背中越しに伝わってくる気迫から察して、恐らく鋭い眼光を男に送っているのだろう。
男は怯みながらも虚勢を張っているようだが、頑張っておまけをしてあげても、ライオンを前にしたハリネズミくらいにしか見えない。
「……麻生、頼む」
大雅は肩を抱いていた腕を下ろすと、男から目を背けずに俺へ成海さんを預けた。
「成海さん……!」
「麻生くん……」
俺は成海さんを背後へ送った後、振り返って目線を合わせるため腰を屈めた。それから込み上げてくる沢山の気持ちを抑えつけ、俺は成海さんにそっと声を掛けた。
「ごめんね、怖かったね」
成海さんは首を横に振る。その仕草だけで、成海さんの瞳から涙が零れそうだった。けど俺の後ろを見やり、健気に大雅を心配する。
俺はまた溢れそうになる感情に手を焼いた。でも。
「大丈夫。だって大雅は」
君のヒーローだろ?
「手をあげたりなんかしないよ、優しっからさ。俺もいるし、もしあっちから来られても余裕で押さえられるから。それよりも成海さんは、何もされていない……?」
顔色を窺うように覗き込みながらゆっくり訊くと、うんうんと成海さんは頷いた。
押し黙らなかったから本当だろう。でも安堵と同時に、俺も似たようなことをしただろって自分が嫌になった。
本当、大雅とは大違いだな……。
「ほら、みんなも来たよ。大雅も大丈夫だから、少し外で待っていてくれる?」
有難いタイミングで扉が開くと、店長と蒼白させた顔で花守が入ってきた。
「お前は入っちゃ駄目だろ……。成海さんをここから出してやって」
震える背中に少し触れて、少しだけ押す。そうすると成海さんは、何かを訴え掛けるように俺を見た。
大雅が心配なんだね。
そう受け止めるように俺が微笑んでみせると、成海さんは弱々しく口を動かしてごめんねと言った。
そんな消え入りそうな声を残し、成海さんは花守に連れられて扉の向こうへと出て行く。
「ケッ!」
うわ。出たそれ。
ずっと気に食わなかったけど、今聞くと余計に癇に障って仕方がない。
そうして俺が眉間に縦皺を寄せた時、大雅が何もして来ないと踏んだのか、男は悪態を吐き始めた。
「一人相手に寄って集って、お前ら卑怯者だなあ!?」
それを聞いた瞬間、俺は怒りで頭が沸騰したみたいになった。俺は男に近付いて腕を組む。
さあ、どうしてくれようか――!
でも俺の出番なんて要らなかったみたいだ。
バンッ!! と、大雅が大きな音を立てた。大雅は叩いた壁だけでなく、男を挟むようにテーブルにも手をついて言い放つ。
「あの子に、二度と近付かないでください!」
大雅の迫力に、男は堪らず「ひっ」と声をあげる。
「次また近付くようなことがあったら、俺……」
「な、なんだよ!?」
俯いて小刻みに肩を震わせる大雅へ、律儀に訊ねてしまう男。
大雅は、ぎゅんっと勢いよく男に顔を寄せて口を開いた。
「俺っ、感情を隠すのが下手みたいなんでっ、今度は何するかわかりませんっ!」
俺は組んでいた腕を解いた。眉間の皺も、もうない。
負けだよ、お前。……で、俺も負け。
男はその場で白旗宣言。決してへりくだることはなかったけど、悔しそうな表情で「ケッ」と吠えた後、足に力が入らなくなったのだろうか。へたりとその場に座り込んだ。