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第74話 今はただ君を想って

 西園寺さんに足を掴まれていたけど、俺は腰を捻って振り仰いだ。


「あ……」


 入って来たのは大雅だった。

 上着は前と同じ、MA-1を着ている。下は普通に細身のデニムっぽい。

 ちょっと髪が乱れていて、らしくない気もした。


「変なところを見られちまったな」


 なんか俺は恥ずかしくて、視線が落ちた。


 でもそうか。大雅来たか。どのみち成海さんと話し終わったら、一人で帰るつもりだったから丁度いい。成海さんが一人にならずに済んで良かった。


 そうやってへらへらと笑って、俺は大雅をもう一度見る。


「ん? 大雅、どうした?」


 大雅はなぜかその場で動かない。一点を見つめていた。

 それは俺でも、惨事的状況のフロアでも、同じような格好をしたお兄さんたちでもない。真っ直ぐ見ていた。


 不思議に思った俺は、その視線を追おうとした。だけどその途中で視界に入り込んだ店長の様子が目に留まった。


「え……」


 大きく目を見開きながら、店長は静かに零した。

 それは、この場にいるはずのない成海さんの愛称だった。


「まさか、あいつ……!」


 脈が昇り上がるように暴れ始める。俺はすぐに視線を喫煙室に向けた。

 視界に捉えたのは、何度も首を横に振って顔を強張らせる成海さんの姿。男は嫌がる成海さんの両手首を掴み、自分の方へと引き寄せようとしていた。


「――っくそ!」


 フラッシュバックした。俺が電車でしたことと重なって、胸が引き裂かれそうになった。


 けど、そんな感情……自分に向けた感情なんかどうでもいい!

 助けなきゃ!!


「成海さんっ、成海さんっ!」


 焦って手が震える。汗ばんで滑った。それが俺のものなのか、西園寺さんのものなのかはわからない。

 俺は力ずくで足に纏わりつく腕を振り解きながら、大雅に向かって叫ぶ。


「大雅早くっ!」

「っ、妃色さん!!」


 大雅は必死にそう成海さんを呼ぶと、俺たちの前を全速力で駆け抜けていった。

 その声を耳にしながら、俺は状況を把握出来ずにいる西園寺さんを押し退かす。他の人たちの間を掻き分け、下に散らかる何かを踏み、俺も全力で走った。


「どいてどいてどいてっ」


 どうか間に合ってくれっ。成海さんの好きな人が俺じゃなくていいからっ。

 だから、だからお願いだよ。もう……あんな顔させられないんだっ!


「大雅ぁぁぁ!!」

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