「やっぱりだお~」
俺は緊張で座っていられず、グラスを持って立ち上がると、ぬっと現れた西園寺さんに声を掛けられる。
「すみません、声を掛けなくて。また会いましたね」
「縁があるお~。お兄さんも飲み物かお~? 一緒に行くお~」
二人でドリンクバーへ。
レモンティーばかりで舌が痺れてきた俺は、スポーツ飲料を選んだ。西園寺さんは俺の隣で、炭酸ジュースのノーカロリータイプ、スプラッシュゼロを注ぐ。氷に当たって弾ける音と甘い匂いがした。
「いつもみなさんと一緒なんですね」
「イベントの時だけだお~。一応こう見えて仕事もしているから、普段はなかなか会えないんだお~」
それを聞いて大学生くらいに見えると言ったら、西園寺さんは目尻を下げて「よく言われるお~」と微笑んだ。
「じゃあ今日もイベントなんですね。アニメとかですか?」
「そうじゃないお~、ドルヲタだお~。みんなでケチャの角度の反省会だお~」
ケチャ……あぁ、ステージに向かってペンライトとか、手をひらひらさせるやつだっけな。確かハロウィンパーティーの時に、田中が「背面ケチャ!」とか言って、背中を反らしてたやつと一緒のこと言っているんだろう。
みんなも俺も笑ったけど、大雅のやつも珍しく爆笑していたよな。たった二ヶ月前のことなのに、変なの。懐かしいわ。
んでドルヲタは……アイドルヲタ!
「そ、そうっすか。研究熱心ですね。じゃあ俺はこの辺で……」
「ちなみにボクは、走り込みケチャが得意なんだお~」
「走り込み!?」
い、意外と俊敏……?
思わず俺は席へ戻る足を止めて、振り返ってしまった。だけど話が長くなりそうだから、すぐに俺はじゃあと言って、そさくさとその場を後にさせてもらった。
「まだ話終わってないお~」
奥からたばこのにおい。足を進めたついでになんとなしに見ると、喫煙室からあの男性が出てきたところだった。
予想通り。だけど俺を追い掛けてのそのそと動いた西園寺さんと、スマホをいじりながら歩いてきたその男性が見事にぶつかってしまった。男性は、ぶよーんと二歩三歩、後ろへと跳ね返された。
「ってーな! 何しやがるっ!」
「すすす、すまないお~」
西園寺さんは巨漢をこれでもかと言うくらい縮こまらせて怯えている。せっかく入れた飲み物がこぼれているけど、男の人にはかからなかったみたいだ。全部西園寺さんの腹の上。良かった、面倒なことにはならずに済みそうだと思った。
「西園寺さん!」
俺がそう割って入ると、なぜか男の人は「ケッ」と言って、また喫煙室へと戻って行った。
俺の背が大きいからかな……?
「なんだよあいつ……っと、西園寺さん大丈夫ですか?」
気になって振り返ると、西園寺さんは泣いていた。ヲタク仲間から心配の声があがる中、俺はハンカチを渡す。
「怖かったお~。助けてくれてありがとうお~」
そこは「ありがとお~」じゃねぇんだな。って、そんなことはどうでもいい。
西園寺さんは、俺が差し出したハンカチを両手で受け取ると涙を拭き、興奮して出たらしい額の汗も当たり前のように拭った。ちょっと引いたけど、まぁ何というか、満面の笑みになってくれたのなら全然いっかと許せた。
「俺は何も。服、ベトベトしますよね。今おしぼり持ってきます」
「大丈夫だお~。こんなの、唾つけて舐めておけば平気だお~」
西園寺さんは眉を上げ、表情をキリッとさせた。
なんかちょっと違うような……。
「っけど、あいつ謝りもしないで。それに気持ち悪いんですよ? さっきも俺の顔見て、舌打ちだけして去って行ったんですよね。知り合いでもないし、特に恨まれる覚えは無いはずなんですけど……」
「あ~それはたぶん、お兄さんが超絶かっこいいからだお~。劣等感だお~。それよりも気になってたんだお~。なんでボクの名前を知ってるお~?」
「え。あぁ店に入ってくる時に名前言ってましたよね? それで。あっと名前、俺は麻生って言います。また会うかもしれないですね。じゃあちょっともう、まじで時間ないんで。すみません、戻ります!」
また呼び止められないように、俺は抜かりなく話を詰め込む。そうしたら西園寺さんは、満足そうに俺の名前を呼び、マサイ族みたいに、その場でジャンプし続けながら見送ってくれた。
こりゃあ一気飲みだな。
俺は手に持ったグラスを見つめ、そう心で呟いた。