目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第67話 ときめきの味

「すんません。ちょっとダチんとこ」


 馴染みのある声と口調に釣られ、視線が向く。

 レジ前には同校の制服を着た坊主頭がいた。いいねマークのように立てた親指で、こちらの方を指差している。


「は?」

「ようよう孝也くん」


 そいつは両手をポケットに突っ込み、ニッと白い歯を見せながらガニ股で寄ってきた。


「田中。おま、何しに……」


 田中は俺の向かい側にドカッと座ると、左手を伸ばしてスタンドに立て掛けてあるメニュー表をひょいっと取る。

「肉食いてぇーな」なんて言いつつも、田中は後ろの方に載るスイーツページを開くと、下から上へ下から上へと舐めるように眺めた。

 ……これ。こいつが女子を物色する時に見せる癖と同じ仕草だわ。


「まぁ気にすんなよ」


 チラッと俺を見て、後すぐ挙手。田中は呼び出しボタンを押さずに、窓際で接客中の店長に声を掛けた。

 こんな型破りなやつにも、眉一つ動かすことなく微笑み返す店長は、菩薩様とかなのかもしれない。

 店長は応待が終わると早々に来てくれた。田中はクリームブリュレ、俺はドリンクバーを頼んだ。

 注文を取り終えた店長がテーブルを離れると、田中が話し掛けてくる。


「お前、昼もあんま食ってなかっただろ。イケメンが台無しだぜ?」

「ちょっと食欲なくて。つーか、わりぃけど今日……」

「ふられに来たんだろ? 食ったら帰るから」

「……おい。デリカシーなさすぎだろ!」


 田中はケケケと極細の眉を吊り上げて笑う。俺は面白くなくて、視線を逸らして世界一美味い水にエスケープした。


「俺もな、ちょっと前にふられたんだぜ?」

「っは!? そうなの!? じゃあなんで薔薇……まだ香水付けてんの?」

「あ? 不自然に膨らんだバッグ持って来てるやつには言われたかねぇよ」

「う……」


「未練がましいな」と、またケケケと笑われる。

 お前だってそうだろと心の中でごちりながら、俺は再び世界一美味い水にエスケープした。


「俺は違うぜ? ただ余ってっから使ってるってだけ。それによぉ、今イイ感じの子がこの匂い気に入ってるんだよ。だから使ってる」

「別れたばっかですぐ次かよ。……ちなみに誰? 俺の知ってる子だったりする?」

「ああ知ってるも何も……真辺?」


 俺が思わず世界一美味い水をぶーーっと噴射すると、田中は「きったねぇ」と悲鳴を上げて、飛びのくように立ち上がった。噎ながら謝ると、田中は「しゃーねぇな~」と軽く言いつつも、険しい表情でポケットを漁った。

 そこから取り出した、綺麗にアイロンがけされた清潔みのあるブルーのハンカチで顔を拭き始める田中に、俺は訊ねる。


「でもよ、いつの間にそんな」

「あのなぁお前、さっきから何言ってんだよ。俺たちは、こーこーせーだぞ? しかも来年受験生の高二。今を謳歌しないでいつするよ? まだ元カノの使ってるとか、別れたばっかだとか。お前は女子か、あ? 過去なんかに遠慮してどうすんだよ。次行けよ、次」

「次って。俺はまだ」


 田中は俺を手招くと、グッと顔を寄せる。


「新しく恋しろよ。いるんだろ?」

「何言って」


 間近でニヤッと笑う田中に気圧されて、つい言葉が詰まる。


「今お前、誰か浮かんだろ。大きなおめめが斜め上に向いたぞ?」


 そう言って田中は背中を反らせて「だははは」と偉そうな態度で豪快に笑った。


「は、はぁ~?」


 思いがけない言葉に開いた口が塞がらない。田中の言葉に混乱していたそんな時、心臓が口から飛び出しそうになる。

 成海さんだ。トレーを持って扉から出てきた。乗った食器に気を配りながら慎重に歩みを進め、どんどん近付いて来る。


「お待たせ致しました」


 声に反応してハッと振り向く田中。アイキャッチ抜群のエプロン姿を捉え、途端に瞳を輝かせた。両腕を広げて立ち上がる。


「成海さぁん♡ なんって可愛らしい……!」


 田中は「ぜひ、俺の嫁にっ」なんて調子良くほざく。しかもジロジロと舐め回すように見るから、くっそイラっとした。


「おい、やめろって……」


 嫌悪感でいっぱいの俺は、田中の足元をゲシゲシと蹴る。

 蹴る度に田中が揺れ、成海さんはどんな顔をしたらいいのかといった様子で「あはは……」と力なく笑った。


「ええっと、クリームブリュレをご注文のお客さま?」

「ブリュレ? 俺です!」


 うぜー。


 バスケのパスを催促するみたいなジェスチャーで、返事をする田中。俺はまたゲシゲシと足元を蹴るが、余裕そうにまたケケケと笑った。すっげぇ悔しい。

 少し会話を楽しんだ後……と言っても田中だけだが、成海さんはキッチンへと戻った。


「――孝也、聞いたか?」

「聞いたよ。当たり前だろ、俺もいたんだから」


 また作戦会議スタイルでヒソヒソ。


「じゃあ先に食っていいぞ。成海さんの味がするぞ?」

「は、はぁ~? 何言ってんだよ。成海さんがただガスバーナーで、カラメル部分を仕上げたって言ってただけだろ……何言ってんだよ。何言って」

「ほら」


 そう言ってブリュレを掬い、俺の目の前にスプーンを差し出す。


「何言ってんだよ」

「じゃあ食っちまうな」


 Uターンするスプーンのヘッド。


「あーあーあー」


 顎を上げてそう言いながら遠のくヘッドを目で追う俺に、田中はニヤリとをした。


「最後くらい素直になれ!」


 俺は無言で頷いて、田中のあーんを受け取る。


「――!」


 くっそーー! 成海さんの味がするぅぅ……!


 テーブルに突っ伏してときめく俺の頭に、ケケケと愉快そうに笑う田中の声が降ってきた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?