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第66話 心根

「あら? 今日もいらしてくれたのですね」


 ファミレスに入ると、相変わらず隙のない笑みに迎えられる。俺が短く返事をすると店長は綺麗に伸びた背筋を倒し、頭を上げてから凛とした声で「いらっしゃいませ」と言った。


「……心なしか腫れていませんか?」


 店長は自分の右頬に指を軽く弾ませ、心配そうに俺の左頬を見やる。


「あ、ああちょっと色々ありまして……自業自得って言うか」


 苦笑いをする俺を察してか、それ以上は突っ込まないでいてくれた。

 店長は来店人数を確認すると、物腰柔らかに「こちらへどうぞ」と歩き始めた。スマートに案内されたのは、四人掛けのテーブル席。一昨日に座った場所と同じだった。


「あえ、俺一人っすけど」

「良いのですよ。この時間は閑散としていますし、天気も崩れる予報ですから。では、只今お冷をお持ち致しますね。どうぞ、ごゆっくりお過ごしくださいませ」


 俺は丁寧なお辞儀に恐縮しつつ、一昨日は座れなかった席にリュックと腰を下した。俺が会釈をして返事をすると、店長は控えめに口角を上げて微笑し、キッチンへと戻って行った。


 そっか。こういう場所は、天気にも左右されるんだな。


 そんな他愛もないことを、大雅が見ていた景色を目に映しながら思った。

 それから俺は、キッチンへ続く従業員用扉を見つめたまま、左頬に触れて呟く。


「腫れてるか。あんま目立っていないはずなんだけどな」


 リュックの中には、一応ある。持ってきた……いや、つい持ってきたが正しいか。

 俺は一人、むず痒い心地になった。耳の後ろを掻いて自分を誤魔化していると、扉の奥。


「あ……」


 俺は待ち人の姿を捉えた。


「いらっしゃいませっ。お冷をお持ちしましたっ」

「成海さん」


 顔が赤い。それからちょっと涙目。

 きっと成海さんは、ここへ来るまでに色々と心を用意してくれている。それはもちろん俺もで、でも本人を前にするとなんだろうな。気まずさに何度も目が泳ぐ。

 けどそれはどうやら成海さんも同じらしく、お互い逸らさないように、目線を戻そうと必死になっていた。


 ほら、ちゃんと言え、俺。


「あのさ成海さん。話がしたいんだ……。嫌じゃなかったら、終わるまで待っててもいい?」


 成海さんは瞼を固く閉じ、無言のままこくこくと頷く。ぱっと目を開けると眉を下げ、俺を優しくじっと見てくれた。


「はい……っ」


 気持ちが込もった返事に嘘のない笑顔。そんな成海さんの柔らかい表情に、俺は思わず頬が緩んだ。

 あんなことをしたんだから、疎ましがられても仕方がないと覚悟はしていたつもりだった。けど安堵する自分がいて、


「ありがとう」


 そう思わず心の声が零れていた。

 そんな俺に成海さんのぴんっと張った姿勢も緩んだ。辛い表情ばかりさせていたから、それがすっげぇ嬉しい。救われた。


「ああ、お冷。お冷をお持ちしました」

「はは。聞いたよ聞いた」

「ああそうだった。さっき言ってたよね私」


「では失礼します」と成海さんは俺の近くに寄って、持ってきてくれた水を置く。目の前に伸びた白い肌は、見るからにすべすべだし、あの時と同じいい香りがした。

 成海さんは恥ずかしさを引き摺る感じで、赤面をしている。そうやって可愛い姿を見せてくれるから、俺はつい熱い眼差しを向けて脈を速くさせてしまった。


「うん、ありがとう……」

「おしぼりもどうぞ」

「……うん」


 だぁぁぁ~俺はアホだぁぁ。ちょっと気が緩むと、すぐデレる。そのまま腕を手繰り寄せて、抱きしめたいって思ってしまった。


 成海さんは一歩後ずさると、カーテンコールのアイドルのように頭を下げ、キッチンへと戻っていく。

 成海さんの深々としたお辞儀や後ろ姿からは、気遣いの色が感じ取れた。


「あ、やば。注文し忘れたし」


 でも、まぁまたこっちに戻った時にでも頼もうと決める。

 今日はコンビニで買ったサンドイッチも入んなかったし、牛乳飲んだら腹が痛くなったから食事系はきつい。ドリンクバーでもお願いしよう。


 俺は背凭れに寄り掛かり、久しぶりに肺から息をはーっと吐き出した。

 まだ緊張はしているけど、うん。幾らかマシになったと思う。

 所詮タイムリミットはあるけどさ……。


 リュックに視線を移して心の中でそう呟いていると、入店音と合わせて店長のいらっしゃいませの声が聞こえてきた。

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