目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第65話 表情

 翌日。大雅はまた休みで、俺はというと、登校早々に野島からビンタを食らった。


 朝、気分が乗らないまま一人で教室に入ると、すぐ野島に捉まった。

 昨日のことを根掘り葉掘り訊いてくるから、俺は適当にあしらっていた。

 けどそこに真辺さんもやって来てさ。「キスの一つでもしたのかしら」なんて、どんぴしゃりなことを言うもんだから、俺は動揺しちまって。で、野島が不審がったタイミングで「また寝坊しちゃった」と、成海さんが苦笑いしながら教室に入ってきたんだ。だけど俺もいるしさ。成海さんは気付くなりその場で固まって、すぐに笑ってくれたけど伏し目がちで。やっぱり気まずい雰囲気になった。


 妙な空気に、野島が食って掛かるように成海さんを問い質すもんだから、俺は急いで間に入ったんだ。言葉を詰まらせて下を向く成海さんが、あまりにも不憫だと思ってさ。

 だって俺の所為だろ?

 だから俺は、野島に向かって説明というか、抗議をしようと口を開いたんだ。

 けど――


 パァァン……!


 俺の声の代わりに、乾いた音が教室中に響き渡った。

 ビンタ。首が右に振れ、頭ん中が真っ白になった。


 ちょうど向いた先に、桑原と駄弁っていた田中がいたんだけど、たぶん俺はその表情と同じ顔をしていたと思う。

 視線を戻すと、野島は今にも泣きだしそうな目で俺を見ていた。


 何か言わなきゃいけないと思って声を掛けようとしたけど、結局俺はなんて言ったらいいかわからなくて、只々野島を見つめた。

 それがほんの数秒。数えていないからどれだけかなんて言えないけど、すぐに廊下へ飛び出したから数秒だ。

 なのに俺は、この瞬間が今までで一番長く、野島のことを真正面から見てやった気がした。


 成海さんは珍しく声を大きくし、野島を呼んだ。まるで行かないでと言っているような、そんな悲痛さを感じる声だった。

 成海さんは駆け出すと、既に見えなくなった背中を追っていった。

 成海さんは涙を溜めて、仲間外れにされた時よりも苦しそうな表情をしていた。

 言えた立場じゃないけど、俺も息が詰まりそうだった。


 予鈴とみんなの声。それから、ぼそっと聞こえた真辺さんのごめん。

 俺が顔を向けた時には、もう廊下へ出て行くところでさ。走っていく真辺さんの後ろ姿は、教室にやって来た眠そうな表情の担任と入れ替わった。

 担任は反応遅く廊下を見やり、それから俺と目を合わすとため息を吐いた。成海さんたちを呼び止めることもなく、いつも通りに着席を促した。


 気付いたら俺は、群がるクラスメイトの男子たちに肩を抱かれていたり、慰めの言葉みたいなものを貰っていた。

 回された腕に引っ張られるように体が動き始めた時、花守がぼーっとした様子で堂々と遅刻。担任の声が聞こえたから、何か注意でもくるかと思って俺は顔を教壇の方へ向けた。けど担任は渋い表情で「まぁいい」の一言だけ零すと、まだ席に着いていない俺たちに構うことなく出席を取り始めた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?