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第63話 一歩下がって

 電車を降りた後、俺は成海さんを家まで送った。晴れた夜空とライトアップされた帰り道。ロケーションだけは完璧だった。


「ただいま。って、いねぇか……」


 今日も母ちゃんは夜勤だ。

 俺はずびずびと鼻を啜りながら、廊下からリビングを覗く。キッチン側のテーブルには夕食がラップをして並べてあった。ここからは見えないけど、隣には俺へのメモ書きもあるはず。


 俺は釈然としない気分を振り払うため、風呂へ入ることにした。自室に戻るのが面倒になって、膨らんだリュックは階段に、コートはその上に脱ぎ捨てた。


「っくし。ああ~さみぃー」


 へらへら笑っていたくせに気が回らなくて、俺は成海さんが見兼ねた様子で教えてくれるまで、電車を降りた後もしばらくコートを着ないままだった。当然、体は冷え切ってしまっていた。


 鼻を指で擦りながら服を脱ぎ、俺は風呂場へと足を踏み入れる。立て掛けたままでシャワーを流し、顔から浴びた。徐々に体が暖まってきて、冷え固まった頭が冴えてきた。


「やっば……。俺すっげぇことしちまったんだ」


 ぼたぼた足元に滴り落ちる水滴を追うようにしゃがむと、ちょうどシャワーがあたった。その温度が、成海さんのものとあまりにも違い過ぎて、抱きしめた時の形が甦ってくる。窓に映る悲しそうな表情もフラッシュバックした。


「あんな顔……。何やってるんだよ俺……」


 キスして、気持ちを押し付けた。


「笑わせてやるつもりだったのに、くそ!」


 俺はタオルバーに引っ掛けたスポンジを勢いに任せて取った。ボディーソープを適当にプッシュし、立ち上がって上半身をガシガシ洗う。

 だけど、段々と手が止まった。


「悪りぃ大雅、こんなもんじゃ全然落ちねぇよ。まじごめん……」


 俺はごめんと口にしながらも、大雅への嫉妬に駆られていた。

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