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第61話 実体のないかたち

「麻生……くん……?」

「ごめん……痛かったら言って……?」


 今度は甘く。成海さんの耳元に囁いた。


「わ、わかった」


 きっと成海さんは、俺が人の重さに耐え切れずに体を預けたんだと思っているだろう。

 だけどすぐにわかってくれるはずだ。保健室で大雅の音を聞いたように、俺の鼓動も聞いてくれれば。


 俺は気付かない振りをしていた。

 ずっと、こうしたかったんだっていうことを。

 見ているだけなんて、嫌だったんだっていうことを。

 俺以外のやつなんかの目に、成海さんを映して欲しくなかったっていうことを。


 本当はずっと俺だけのものにしたかった。独占したかったんだ。


 成海さんはとてもいい匂いだし、すごく柔らかかった。ふわっと膨らんだところだけじゃなくて、背中も肩も腕も全部柔らかかった。自分との差異に女性を感じた。

 罪意識はある。だけど越えてしまった俺は止まらなかった。


 あ……どきどきしてる。


 成海さんの音を全身で感じながら、小さな頭に顔を埋めた。

 普段よりも特別に石鹸の香りが近い。好奇心を掻き立てられた俺は、まるで猫のようにじゃれながらそれを堪能し、そのまま白く細い首筋へ移動する。そっとキスを落とした。

 強張る体を一度解放して、また抱きしめ直す。今度は耳に、わざと音を鳴らしてキスをした。


「成海さん、俺……」


 俺、今すっげぇ幸せだ。

 なのにこの喪失感はなんだろう。


 顔を上げると、外は深い藍色で、扉の窓に成海さんが反射して映っていた。


 あ……。


 きっと大雅なら一生させることはない、成海さんの表情がそこにあった。

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