目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第59話 弱点

 この調子なら、プレゼント出来なかったマフラーは母ちゃん行きにならずに済みそうだな。

 じゃあ成海さんに、着いた時にでも渡すとするか。無理に急がなくたって、勇介くんたちはもう少し後になるだろうし……。

 ――それはそうと、成海さんってもしかして、耳が弱かったりする?


 どんな反応をするのかも興味があった俺は、成海さんの耳元に近付いて、そっと息を吹きかけてみた。

 すると成海さんは、触れたら葉を閉ざしてしまう植物のように、身を捩ったり縮こまらせたりしながらもっと俯いてしまった。


 わ、まじかやば……。もう一回ふーぅ。ふーぅふーぅ……~~っったあ! 俺が持たない、恥ず過ぎる! って言うか俺よく出来たな!


 そんな感じで、可愛い反応を見せてくれる成海さんと一緒に赤面していると、背後に異様なくらい圧を感じた。

 俺はすぐに成海さんを全身で庇う。


「あれ? 君はララちゃんの」


 声がして顔を後ろへ向けると、そこに立っていたのはアニヲタと思われる男だった。

 ふくよかな腹に、チェックのネルシャツ。そしてどことなく知性を感じる顔立ち……と、お決まり過ぎる風体に、俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。アニメの世界だけでなく現実にもいるんだなと知って、俺は感動さえ覚えた。


 田中がよくアニヲタを公言していたけど、あれは偽者だった。本物はもっと貫禄がすげぇ。


「お? 二人して顔を赤くさせて、一体何をしているんだお~?」


 そう独特な口調で俺たちに話し掛けてきた男の後ろには、サバンナで群れをなして生きる動物の如く、同じような見てくれをしたお兄さんたちで溢れていた。


「おぶっ、だお~⁉」

「うわっ!」


 巨漢が俺たちの真隣に来たもんだから、思わず叫んでしまった。男は電車の揺れにバランスを崩したようで、扉に衝突すると、ビブラートを体現するかのように、小刻みに皮膚全体を揺らした。大迫力。


 うわぁぁ、どうしよう怖ぇぇ。


「だ、大丈夫ですかぁぁ?」


 ちょっと痛そうだったから、腰が引けつつも心配してみた。


「優しいお兄さんだお~。もしかして君の彼氏だったりするお~?」

「ち、違いますよっ」


 ちぇ。即行否定しなくてもいいのに。ってか何よ、この馴れ馴れしさは。腹が立ってきたんだけど?


「誰? 知り合い?」

「そうだお~。一度電車で会ったんだお~」


 成海さんに訊いたつもりだったんだけど、お兄さんが答えてくれた。


「そうですか、ありがとうございました。あの俺ちょっと話したいことあるんで、すみません」


 話を広げる意味は無し。

 俺は、お役御免ですよという感じで適当に愛想を尽け、成海さんへと向き直る。お兄さんは何か「だおだお」と言っていたけど、もう相手をしなくてもいいだろう。終了。


「麻生くん、話って何?」

「う、うん」


 しまった。ただの口実だったから、何も考えていなかったと俺は焦る。


「そうだっ。後で訊こうと思ったんだけど、名前」

「名前?」


 前を向いたまま、小首を傾げる成海さん。


「うん。さっき成海さん『名前教えてない』とかって言ってたじゃん? その後しばらく様子がいつもと違って見えたから、ちょっと気になってたんだ。…………え。あの、成海さん……?」


 押し黙ってしまった成海さんに気を焦らせていると、振り返ってくれた。

 だけどそこには。


「わ、私も……私も訊きたいことがある……」


 俺がよく知る、あいつを見る眼差しがあった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?