この調子なら、プレゼント出来なかったマフラーは母ちゃん行きにならずに済みそうだな。
じゃあ成海さん
――それはそうと、成海さんってもしかして、耳が弱かったりする?
どんな反応をするのかも興味があった俺は、成海さんの耳元に近付いて、そっと息を吹きかけてみた。
すると成海さんは、触れたら葉を閉ざしてしまう植物のように、身を捩ったり縮こまらせたりしながらもっと俯いてしまった。
わ、まじかやば……。もう一回ふーぅ。ふーぅふーぅ……~~っったあ! 俺が持たない、恥ず過ぎる! って言うか俺よく出来たな!
そんな感じで、可愛い反応を見せてくれる成海さんと一緒に赤面していると、背後に異様なくらい圧を感じた。
俺はすぐに成海さんを全身で庇う。
「あれ? 君はララちゃんの」
声がして顔を後ろへ向けると、そこに立っていたのはアニヲタと思われる男だった。
ふくよかな腹に、チェックのネルシャツ。そしてどことなく知性を感じる顔立ち……と、お決まり過ぎる風体に、俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。アニメの世界だけでなく現実にもいるんだなと知って、俺は感動さえ覚えた。
田中がよくアニヲタを公言していたけど、あれは偽者だった。本物はもっと貫禄がすげぇ。
「お? 二人して顔を赤くさせて、一体何をしているんだお~?」
そう独特な口調で俺たちに話し掛けてきた男の後ろには、サバンナで群れをなして生きる動物の如く、同じような見てくれをしたお兄さんたちで溢れていた。
「おぶっ、だお~⁉」
「うわっ!」
巨漢が俺たちの真隣に来たもんだから、思わず叫んでしまった。男は電車の揺れにバランスを崩したようで、扉に衝突すると、ビブラートを体現するかのように、小刻みに皮膚全体を揺らした。大迫力。
うわぁぁ、どうしよう怖ぇぇ。
「だ、大丈夫ですかぁぁ?」
ちょっと痛そうだったから、腰が引けつつも心配してみた。
「優しいお兄さんだお~。もしかして君の彼氏だったりするお~?」
「ち、違いますよっ」
ちぇ。即行否定しなくてもいいのに。ってか何よ、この馴れ馴れしさは。腹が立ってきたんだけど?
「誰? 知り合い?」
「そうだお~。一度電車で会ったんだお~」
成海さんに訊いたつもりだったんだけど、お兄さんが答えてくれた。
「そうですか、ありがとうございました。あの俺ちょっと話したいことあるんで、すみません」
話を広げる意味は無し。
俺は、お役御免ですよという感じで適当に愛想を尽け、成海さんへと向き直る。お兄さんは何か「だおだお」と言っていたけど、もう相手をしなくてもいいだろう。終了。
「麻生くん、話って何?」
「う、うん」
しまった。ただの口実だったから、何も考えていなかったと俺は焦る。
「そうだっ。後で訊こうと思ったんだけど、名前」
「名前?」
前を向いたまま、小首を傾げる成海さん。
「うん。さっき成海さん『名前教えてない』とかって言ってたじゃん? その後しばらく様子がいつもと違って見えたから、ちょっと気になってたんだ。…………え。あの、成海さん……?」
押し黙ってしまった成海さんに気を焦らせていると、振り返ってくれた。
だけどそこには。
「わ、私も……私も訊きたいことがある……」
俺がよく知る、あいつを見る眼差しがあった。