『グリッタージャスティス!』
大雅が言ってたのってこれな。
『みんな待たせたな「ゴホ」、俺様はプリンス「ゴホ」ジャー「ゴホ」だっ』
ざわざわ。
『「──ゴホ! ゴホゴホゴホゴホゴホゴホゴホゴホゴホ!」したまえ』
ざわざわざわ。
たぶんだけど、プリンスレンジャーは咳を我慢して失敗した。ステージ上で格好付けながら、堂々と菌を拡散させている。
ああ~そっかぁ~お前がステージに立ってんだな~……――って、おいっ!
大雅、お前こんなところで何やってんだよっ!
「バイトだよっ」と、頭ん中でノリツッコミしながら俺はスマホを取り出す。青い光の送り主を確認するためだ。
スマホをひっくり返すと、開きっぱなしのアプリ画面が目に飛び込んできた。
可愛らしい犬や猫の写真、たまにグラドル。それから田中の頭頂部など、トーク画面に写し出されるのは、バラエティーに富んだアイコン。その一番上にあるのは、俺が撮って俺が設定した、夏の制服を着ている大雅の後ろ姿だった。そのアイコンの上に、通知を知らせる赤い丸がある。
うわっ、まじかよ大雅。だっる!
「風邪ひいてんのに、普通そこまでやるかよ……」
「え?」
成海さんはプリンスレンジャーからぱっと目を離して、スマホに向かってごちる俺を見た。
画面には、大雅らしい短い文章。アイコンをタップしなくても用件が確認出来る「熱下がったからバイト行くわ」の文字が。それを成海さんに見られたくない俺は、成海さんのポーズを真似たみたいに、胸にスマホ画面を押し当てて隠した。
「いいや何でも。プリンスレンジャー、何やってんのかなぁって思ってさ?」
俺が体に這わせながらスマホをポケットに仕舞っていくと、成海さんは道端ですれ違う子猫のような眼差しでそれを追う。
「うん? そうだね……寒いから、風邪でもひいちゃったのかなぁ」
そう言って、俺の挙動を不思議がりながらも成海さんは微笑する。
そんなタイミングで「プリンスレンジャー! 頑張れー!」と、子供たちから声援が巻き起こった。まだ敵が登場していないのにも関わらずだ。俺は大雅の心中を察してやった。
「麻生くん。スマホ光ってたけど、見なくていいの?」
「へ? ああ、全然大丈夫。大雅だし」
「えっ? 綾瀬くんだったの?」
「っい⁉」
やばって思ったけど、別に大丈夫だよな。相手が誰だろうが、おかしくはないし。それに俺と言ったら大雅だ。むしろ大雅で正解。ってか万が一バレても、大雅のバイトは売店って話になっているんだ。ほら、冷静になれ。落ち着けよ俺。
「綾瀬くん、風邪大丈夫だって?」
「う、うん。熱下がったってさ~」
俺の返事に成海さんは、胸に重ねていた両手を握りしめた。
「そっかぁ。良かったぁ……」と、安堵したように呟くと瞳を揺らす。
だから俺も笑って返事をしたんだけど、胸がズキッとして、風邪もひいていないのに苦しくて、変な顔になっちゃったんじゃないかって気になった。
でも笑った時に出た俺の白い息が、成海さんのものと溶け合うのを見て、肝心なことに気付く。
ああそうだ。成海さんと居るのは俺だ。
ステージにいるのはプリンスレンジャーで、大雅じゃない。成海さんは今、俺と二人きりなんだ。
「レイくんも大丈夫かなぁ」
視線を俺からステージへ向けた成海さんは、もう一度胸の上に手を重ねる。不安に苛まれて、不自然に脈打つ心臓を宥めたいから、添えているのだろうと思った。
今すぐ傍に行きたいとばかりに、心配する表情。そんな顔も可愛く、色っぽくも見えるはずなのに、なぜか今は見ているのが辛く感じた。ステージを見守る成海さんを見て、俺は妙な胸騒ぎがした。
待って。なんだよ、これ……。
まさか俺。プリンスレンジャーに、嫉妬しているのか?
は、はぁ~? 何考えてんだよ俺は。だってあれは、どこの誰かもわかんないやつだろ?
中身が大雅だってことは、知らないんだから。
だからさ、成海さん。
マスクなんか被ったわけのわかんないやつに、俺に向けて欲しいような、求めるような、そんな顔をしなくても……。
「レイくん」
成海さんが、少し滲んで見えた。
あれ? 俺、泣きそうになってる?
弱気になった所為なのか。呼んでもいないのに突として、俺は一つの答えを授かった。
「俺は何を……」
もちろん、すぐにアホくさと否定した。なのにどうしてだか気持ちとは裏腹に、消しても消しても早送りになって絵が完成させられてしまうように、その答えが頭の中で鮮明になっていった。
脳裏を駆け巡ったのは、成海さんとの思い出だった。
言葉、表情、行動、全て。その中には野島や真辺さん、それから花守に勇介くん。そして、大雅。
それが縁起でもなく走馬灯のように、嫌に冷たい汗と一緒に流れていく。
まさか。成海さんが好きな二人って……嘘だろ……?