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第55話 単純

 智芭遊園地、特設ステージ前。

 特設ステージ前だよ、ここ……。


「楽しみだなぁ」


 俺の隣で艶っぽいため息を吐く成海さん。澄んだ夜空に輝く星屑でも映したかのような瞳でステージを見つめている。


 今日はやんねぇと思ったのに、大雅の変わりでも呼んだのかな。まさかカーター葵とかっていうサプライズ?

 さすがに違うかと心の中で苦笑していると、


「お姉ーちゃん。僕、お母さん来たからそっち行くよ!」


 後から合流すると聞いていた、成海さんのお母さんが到着したようだ。

 心なしか嬉しそうにしている勇介くんが振り向いた先、入園口方面にいたのは、ショート丈のダッフルコートを着たミディアムヘアーの女性だった。飛び跳ねながら「おかーさーん」と大声で呼ぶ勇介くんに、その女性は手を振り返してあげていた。


 俺が会釈をすると、すぐに返してくれる。何度もペコペコ。「うちの勇介がすみません、妃色を幸せにしてやってください」と言っているように。

 まぁそれは冗談だけど、とても優しそうで、雰囲気がどことなく成海さんに似ていた。


「良かった。お母さん間に合ったんだ。じゃあ何かあったら私の……」


 そう成海さんが勇介くんと話始めた隙を狙い、俺はスマホを取り出した。電車でここへ向かっている途中に通知が着ていたから、ちょっと気になっていたんだ。

 ちらちらと点滅する青い光を確認した、ちょうどその時。


「あっ。始まるよっ、麻生くん」


 くいくいと袖を引っ張られる。俺はすぐにスマホをポケットにしまった。振り向くと、こちらを見上げながらにこにこする成海さんと目が合う。


「音楽が流れると、もうなんだよっ」


 BGMの特撮感。そして、わかりきったことの報告。だけど幸せだ。

 二人きりの遊園地デートではなくなったけど、100パー俺だけに注がれているこの少女のような笑顔を見てしまえば、これはこれでいいなと思えてしまう。


「お兄ちゃん。お姉ちゃんは無理だよ」


 折り合いをつけた途端これだ。水を差す淡白な声に顔が引きつる。見ると、勇介くんの濁りのない瞳が真っ直ぐ俺へと向けられていた。


「え。な、何? どうしたのかな勇介くん?」


 俺タジタジ。成海さんも、きょとんとする。だけどその顔も好きだから、俺の頬は緩んだ。


「ねぇ、お兄ちゃん? さっきも言ったけど、なんで僕の名前知ってんの?」

「え。ああ、それはね」

「ま、お母さん待たせるのもあれだから行くわ!」


 ちょ、おま!


「こらぁぁ。勇介、謝んなさい」

「だ、大丈夫大丈夫。気にしないで……」


 さすがに、貼り付けた笑顔にも亀裂が入る。だけど隣から伝わってくる成海さんの温度が、俺を癒してくれた。


「だって僕、お兄ちゃんの方がいいもん! それにお姉ちゃ――」

「やっ。ゆ、勇介!」


 成海さんは、勇介くんと俺の顔を交互に見て、あわあわとしている。その様子に勇介くんは白い歯を出して笑う。腰にも手を当てちゃって、とても満足気だった。


 お兄ちゃん……、俺がいい? なんだこの子。ツンデレを演じたいだけかな? にしても……


「わぁぁもぅ、勇介~」


 オロオロする成海さんは、ガチで永遠に観ていられる~。


 きゅんデレする俺のことは当然目もくれず、それどころか成海さんの言葉にも気を留めないで、勇介くんは走り去っていった。


「も~勇介ったらぁ。本当ごめんね麻生くん……」

「ううん全然。だってほら、見てよ成海さん?」


 成海さんが視線を向けたちょうどその時、勇介くんが成海さんのお母さんの腕の中へ飛び込んだ。成海さんのお母さんは勇介くんの勢いに押されて少しよろめいていたけど、包み込むように抱き返して幸せそうな表情を浮かべていた。

 良かった。俺が一緒だと勇介くんは気まずかったかなと思ったけど、どうやら心配なかったみたいだ。


「まだまだお母さんが好きな年頃だもんね?」


 俺は「可愛い可愛い」と勇介くんの肩を持つように謳い、申し訳なさそうに肩を竦める成海さんを安心させてあげた。

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