白の外壁に、オレンジ色の三角屋根の一軒家。
俺は今、成海さん家の前まで来ている。
リュックにプレゼント、それから気合いを詰め、迷いは部屋に投げ捨ててきた。おしゃれもしてきた。
チェック柄のステンカラーコートの下には、コートの色よりも明るいブラウンのパーカー。インナーには白のロンTを入れ、そんで細身の黒パンツを穿いて靴は白スニな。
ややこしくなった頭ん中を、頑張って取っ払って、精一杯格好良くきめてきたつもり。そしてチャイムを鳴らせば――
「成海さんの私服が見れるぞっ」
くあ~どきどきする!
デートへの期待と、成海さんの家族と一緒だという緊張から、俺は妙なテンションだった。時間も時間なので、俺は早速傘を持っている反対側の手で、玄関チャイムを押す。お決まりの音が繰り返し響くと、インターフォンから成海さんの可愛い声が聞こえてきた。
萌える。インターフォン越しとかレアかも……。鼓膜が幸せだ。
温かみのある木の玄関ドアが勢いよく開くと、まず姿を見せたのは少年だった。
「お兄ちゃんが、あそーくん? あ、昨日来た人か」
「うん、そうだよ~」
弟の勇介くんか。若干面を食らったけど、子供番組の歌のお兄さんのように、ちゃんと笑って柔らかく答えられたと思う。
「ふーん」と、勇介くんはじいっと俺を見据える。
今日も腰にサッカーボールを抱えていた。サッカーがとても好きなんだろう。ボールは僕の友達って感じか。
「あ~勇介くん? 成海さんは?」
「成海さんって、僕も成海さんなんだけど。てゆーかさー、なんで僕の名前知ってんの?」
勇介くんは胸を張り出し、スポーツマンらしく腹の底から出したような大きな声で、俺の質問を屁理屈付きの質問で返してきた。勇介くんの顔周りには、たくさんの白い息が舞う。
「ええ~っと、それはねぇ」
押され気味の俺。気に入られようとしている節があるためか、普通にちびっこ相手に苦戦しているのかわからないけど、居心地が良くないことは確かだ。
そうして手に変な汗を握り始めた時。
「ごめんね麻生くんっ」
「成海さんっ!」
玄関口に成海さんが来てくれた。
私服姿だ。満面の笑みになる俺に、成海さんは微笑みを返してくれたけど、すぐに勇介くんの方へと向き直した。そして腰を屈めて人差し指を立てると言った。
「こらーぁ。『こんにちは。今日は宜しくお願いします』でしょ?」
成海さんはゆっくりと優しい口調で注意をする。勇介くんは「うるせー」と言っていたけど、俺は怒られてる自分を想像して一人照れていた。
少し言い合いが始まったので、俺は大人しく成海さんの私服姿を堪能させて頂く。
膨らみのあるゆったりとした袖が可愛い、濃いめのベージュのケーブルニットに、フロントにボタンが並ぶデニムのミニスカート。足元は、短めの靴下も靴も、黒で色を統一して揃えていた。
ぎゃうー可愛い~。めちゃめちゃ可愛い~。そして、微妙に色合いが俺と揃ってる~。
「あ。このお兄ーちゃん、お姉ちゃんの脚なんか見てるよー」
「ぐあっ?」
また大きな声で……っ!
「こらぁぁ」
成海さんは勇介くんに顔を近付けて注意をする。俺に対してなのか、周りの目を気にしてなのか、すごく必死で慌てていて、すっげぇ恥ずかしそうにしていた。
なんだこれ。めちゃめちゃ、くすぐったいんだが。
いつまでも見ていられるけど、俺は咳払いをして声を掛けた。
「成海さん? あのさ、これ傘。貸してくれてありがとう」
成海さんは勇介くんから視線を離し、俺の方へ駆け寄ってきてくれる。近くで見ると頬が、ふんわりのせたチークのように淡いピンク色をしていた。
「こちらこそ。ご丁寧にありがとうございます」
成海さんは少し気まずそうに笑った。傘を受け取ろうとした両手が、俺の片手でだけで包めそうなくらい小さく感じて可愛らしかった。
そんな風に、ぼーっと見つめていたからだろうか。
「あっ」
成海さんの指先が触れて焦った俺は、思わず手を引っ込めてしまった。
「ごめん傘!」
俺は急いで地面に落してしまった傘を拾おうとしゃがんだ。けど、だけど目の前には、成海さんの綺麗な素足が。
「あっ、ごめんねっ」
「へ? あ待って成海さん! その格好でしゃがんだら――」
「お姉ーちゃーんっ!」
勇介くんの声に、これ以上ないってくらい俺の心臓が跳びあがった。
「touch持ってくるね~!」
「うんっ。上着もだよ~?」
あ、危なかった……。
傘を拾い上げ、俺はよろよろと立ち上がった。心臓がばくばくと騒がしい。
そんな中、成海さんは俺に向き直すと「拾ってくれてありがとう」と微笑んだ。
「う、ううん。じゃあ改めまして、はい。貸してくれて、どうもありがとうございます」
俺は傘の留め具辺りを持って、柄の部分を空けて成海さんに差し出す。今度は落とさないように、ちゃんと掴むまで見届けた。
「じゃあ、行こうか。成海さんも上着。暖かくしてきてね?」
俺に成海さんは、にこっと微笑んで応える。成海さんの頬は、寒さの所為かすっかり雪のような白に戻っていた。
「うんっ。ありがとうっ」
そう言って家に戻っていく成海さんの後ろ姿を、俺は熱っぽく見つめた。
勇介くんがいてくれて良かったのかもしれない。
指先は冷えているのに、体中が熱かった。