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第49話 晴のち曇り

「あっ、成海さんおはよ!」


 心がスカッと晴れた。真辺さんとのもやもやなんて、一瞬で吹き飛ぶ。


「ちょっと寝坊しちゃった」


 ばつが悪そうに肩を竦める仕草に癒されて俺が目を細めると、成海さんも同じように目を細めて、超絶いい雰囲気になった。

 ふふん、それはそうだろう。なんといっても俺たちは、相合い傘をした仲なんだから!


「麻生くん?」


 頭に疑問符を付けて、小首を傾げる成海さん。俺はなんでもないを二回言って、それから誤魔化すように笑った。

 相合傘のことだけじゃなく、成海さんの跳ねた前髪を見て、触ってみたらどうなるんだろうとも考えていたとは、流石に恥ずかしくて言えない。


「昨日は、傘ありがとね。お陰で濡れずに済んだよ。でも借りた傘なんだけどさ、まだ家で乾かしてるから持ってきてないんだ。帰ったら返しに行くよ?」


 実はお礼と称して、家で待機させたままのプレゼントを渡す作戦を考えている俺。


「えっ、そんな悪いよ。なら私が――」

「でも俺ん家の場所知らないでしょ? だから決まりね」


 昨日は俺の家の方が遠いという事実を前提に、帰り道ついでだからと成海さんを家まで送らせて頂いた。

 家に送るとか彼氏みたいだし、しかもその間は傘一つ。玄関先で渡された成海さんのお父さんの傘にも、見送られることにも、すっげぇ感動した。

 振り向くと、脇にサッカーボールを抱えた弟と思われる少年の隣で成海さんが手を振ってくれていて、俺は喜びを噛みしめながら借りた傘を上げ下げして応えたんだ。


 もうさ。ギリしなかったけど、本当はお義父さんの傘を抱えて眠りたかったくらいだったんだ。そのくらいすごく嬉しかったから。

 そんなわけで、実は今も顔がにやけるのを必死で耐えているって話。ふへへ。


「じゃ成海さん、また後でね」


 俺は大雅みたいに、キリリと表情を正して席へと向かう。そしたら成海さんが「じゃあ学校でも」と言って、トコトコと追い掛けてきてくれた。

 うわ! 背中が幸せだ!

 俺は我慢出来ずに振り返ると、姫君を迎える王子のように手を広げた。


「それに私、今日行くところがあるから」


 ……ヒーローショーね。


「あ~……今日のショーは中止かもよ?」


 俺は胸に渦巻く黒い気持ちを悟られないように、前髪を掻き上げて目を逸らしながら言った。

 俺は成海さんのお部屋に入りたい。傘を返して、プレゼントを渡して、成海さんのお部屋に通されるまでの一連の流れをイメージングする。


「えっ、そうなの? でもホームページの日程には……」


 だって大雅のやつ休みだし。――いや待てよ。


「あ~待って、俺の勘違いだ。ホームページに載っているなら、やるに決まってるよね!」


 俺の言葉を鵜呑みにして、成海さんが一喜一憂している。不安が晴れたように、成海さんは表情を明るくした。


「ってことでさ! 俺と――」

「実は今日、お母さんと弟と一緒に出掛けるの。だから傘は学校でも大丈夫なんだよ?」


 あ、家族もか……。と、成海さんの言葉に俺も一喜一憂する。


「ごめんね。麻生くん今、何か話そうとしていたよね?」


 でも、家族に気に入ってもらえるチャンスか!

 それに気を利かせて、別行動をしてくれるかもしれねぇし。んで、んでっ、そしたらデートだ!


「うん! それさ、俺も一緒に行っていい?」


 これは仕方がないんだ、傘を借りているんだから。それにプレゼントも買っちゃったしさ、勿体ないだろ?

 第一、もしこれが抜け駆けになるなら、大雅のバイトも抜け駆けになっちまうだろ。俺はそうは思わないし、あとほら、家の中より外で会う方がたぶん清いし!


「う、う~ん……」


 成海さんはとても困ったような表情になり、また肩を竦めた。

 きっとあれな、野島のことを気にしてんだよね。でもごめん。ここは引かないでおきたいです。


「いーじゃん。行きなよ妃色っ」


 野島様のご登場。そしてまさかの発言に、俺は野島の思惑がわからずに目を白黒させた。

 けど何にせよファインプレーが続く野島に、どこか感謝の気持ちが芽生えたのも確か。変に勘ぐるよりも素直に喜べていた。


 これでほぼ勝ちが決まりだぁぁ……。


 嬉しすぎて液体化し始めた俺に、野島は「なんだからさ」と、性格の悪さが滲み出た微笑みも付けて加えた。

 は? うぜっ。違うし。


「そ、そうだよね。なんか家族もいて悪いんだけど、麻生くんが良かったらぜひ一緒に……観に行って欲しいかな?」


 キタ!


 戸惑っている感じだったけど、お誘いは貰えたわけだ。野島の気が変わらない内に、急いで俺は返事をする。


「じゃあ俺、迎えに行くからさっ」


 へへっと照れ気味に笑うと、成海さんも俺を見て微笑んでくれる。

 心臓が叫ぶみたいに暴れ出す。

 成海さんは野島に気遣うように微笑んでいて、俺はそんな優しさに好きが止まらなくなっていた。

 う~~好きだぁぁ――!


「もしかして、綾瀬くんも寝坊?」


 大雅を探すように、成海さんは周りをキョロキョロと見渡す。俺と一緒じゃないことを不思議に思っているようだ。


 なんだろう、この感じ……。


「大雅は熱が高くて今日は欠席だよ」


 静かに教えてあげると、


「昨日の……」


 成海さんはさらに大雅で頭がいっぱいになったらしい。二人して表情を曇らせる。


「そうかもね。あの雨じゃあ、ずぶ濡れだったろうから。でも傘を忘れたのは俺たちだしさ?」

「う、うん……」


 成海さんらしいなと思った。悪くもないのに、自分を責めている。


「ただの風邪だよ。大丈夫。それに大雅は、成海さんが心配するほどひ弱じゃないからさ」

「う、うん……そうだねっ」


 大雅のことを想い、無理に笑う成海さんを見て俺は奮い立つ。


 今日のデートで、俺が成海さんを沢山笑顔にしてみせる!

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