「お先に失礼します」
制服に着替えた成海さんが、従業員扉を覗くように挨拶をすると、奥からわっと人が集まった。
「なるなるお疲れ~」
花守と、俺たちに席を案内してくれたパートの人っぽい女性と、制服を着せたら中学生に見えなくもないショタなウェイターの子。それからコック姿のカーター葵の顔が並んだ。
俺はびびった。まじでびびった。ライバル心むき出しの俺でも、一目で魂を持って行かれるくらい、カーター葵のイケメンさはまじで半端なかった。
なんたってオーラがすげぇんだって。もちろんスピリチュアルのことなんてわかんねぇけど、カーター葵は撮影の照明でも浴びているかのように自ら発光していた。
星が入っていると錯覚するくらいに黒目が綺麗だし、一番奥に立ってるからとかの問題じゃなくて、顔が体に比して小さい。
おまけに素晴らしく爽やかで好青年なんだ。
「自分は芸能人だから、挨拶もそこそこに仕事へ戻りますわ」とかしないで、場をわきまえている感じがした。成海さんに声を掛ける他の人たちの話に対しても真面目に頷いたり、謙虚な感じで微笑んだりしていた。最後だって俺たちなんかにも目を合わせて、何度もお辞儀をしてくれた。
末恐ろしいぜ。世の中に、こんな完璧なやつがいるなんてよぉぉ。
でも面と向かったお陰で、安心したこともあるんだ。
こんなにちゃんとした人が、ファンの子に手を出すわけがない。よく考えたら、子供たちのヒーローだもんな。メンバーが何かしくったらしいけど、大雅の言う通り、時間で解決するような小さなことなんだろう。
カーター葵さん、頑張ってくださいっ。
成海さんは店を出ると、背伸びをして翼を広げるように両手を伸ばした。
「はーっ」と息を吐いて全身を解き放つ。
少し離れた場所から見る横顔は、山頂の絶景を味わうかのような達成感に満ちている。
今日は面接もあったから、店に立つ時間は一時間ほどだったらしいけど、花守がいるとは言え緊張があっただろう。
そんな中、俺は迷惑をかけちゃったんだよな……。
ごめんね成海さん。まじでお疲れさまです!
「また雨、降ってきちゃったね」
成海さんはそう言って、足元に向けて傘をゆっくり広げる。赤いタータンチェックの傘。
「本当だ。なんか今日は、降ったり止んだりだったね。って、やば。俺、傘持ってきてないや。大雅ぁ、持ってきてる?」
「悪い。ないわ……」
「ないのか」
「ああ」
「じゃあ濡れて帰るしかないな」
「当たり前だ」
「自転車だし、ダッシュすればいい話だよな?」
「そうだ」
「まだ本降りじゃないから」
口ぶりとは裏腹に動かない俺たち。
大雅のやつも、俺と同じことを期待しているのかもしれない。下心を腹の底に隠し、俺と大雅は同時に成海さんを見た。
すると背中に俺たちの視線が刺さったようで、成海さんはぴくりと体を揺らした。肩に傘を乗せると、スカートの裾を軽やかに返して、俺たちの方へ向き直してくれた。
成海さんは俺たちに、困り眉と微笑みのふたつを見せて言う。
「私ので良かったら入りますか?」