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第44話 告られた

「なるなる、一二番様でしょ。行きなさい」

「は、はいっ」


 成海さんが行ってしまう。腰を浮かせて手を伸ばしても、ただ小さくなっていく後ろ姿を撫でることしか出来なかった。

 店長さんも成海さんのように、深々と頭を下げてから俺たちのテーブルを離れた。その背中を目で追いながら、別に店長さんの所為じゃないから、申し訳なさそうにしないでよ。そう思った。


「麻生……」


 大雅に名前を呼ばれ、焦ってテーブルに手をぶつけてしまう。ただそれけなのに、自業自得なのかもって発想にへこんだ。

 でも大雅には、ちゃんと謝らなきゃな。すげぇ酷いこと言っちまったんだから……。


「大雅。さっきは言い過ぎて――」


 そこまで言ったところで、大雅は謝られることに興味がないのか、俺が話し終わるのを待たずに口を挟んできた。


「麻生、あのさ……」


 おいおい大雅のやつ、まじトーンじゃねぇかよ。

 顔は赤いまま。だけど大雅は真剣な面持ちで、真っ直ぐに俺を見据える。鋭い眼差しを向ける大雅に、俺はロックオンされた。


 やば、告られるっ。


 銃口を向けられ思わず両手を上げそうになるが慌てて前へ突き出し、大雅が口にしようとしたであろう言葉を掻き消すため、大袈裟に横へ振った。でもそれだけでは足りないと思って、俺は声を「あー!」と張り上げる。


「ちげぇちげぇ、違うんだって! わりぃ、嫉妬した! で、焦った。俺たちの方が断然かっこいいのにって!」


 応援に回るのなんて絶対嫌だ。ゲームオーバーして待機所に送られた時みたいに、大雅がクリアするまで観戦してられっかよ。


「芸能人がなんだよなってさ。なのにお前ファンだって言うからよ~」


 なんとか凌ごうとするけど、銃口は向けられたままだ。収まりが悪いわけでもないのに、無駄に座り直してしまう。俺はこの状況から解放してもらえるよう、口先だけで必死に抵抗し続けた。


「イケメンの座は譲れないぜっ、どこ行っても優勝するのは俺!」

「……?」

「……いや、その」


 だー‼ わかって言っているんだから、なんだこいつみたいな顔をしないでくれよ大雅。俺も必死なんだってばぁぁ。


「なんで……くくっ」

「え?」

「くくっ。なんで麻生が焦ってんだよ。そんなこと思ってねぇくせに。でも、くくっ。お陰でちょっと落ち着いてきたわ。くくっ」


 そんなこと言っている割りに、まだ顔が赤い。でも、ああそうかと思った。大雅も大雅で、動揺していたのかもしれない。羞恥心とか、バレたかもとか、そんなものと格闘していたんだろうなって思えてきた。

 大雅は笑壺に入ったらしく、珍しく大口を開けて笑い出す。その調子のまま、花守が散らかしたメニュー表を片付けようとしてくれた。けど俺は「やるやる」と言ってその手を制し、大雅の笑い声を耳にしながらメニュー表をスタンドへ仕舞った。


「言われたことは、最初から気にしてなんかないから。だから落ち着けよ?」

「へへ。わりぃ~」


 取りあえず、頭の後ろを掻いてみちゃったりして、へらへらしておく。よくわかんねぇけど、助かったのかも……?


「芸能人がいるからって、びびりすぎだろ。会うわけでもねぇのに。ははっ」


 大雅の笑い声に便乗して笑う。和らいだ空気に調子を取り戻してきた俺は、成海さんが持ってきてくれた水を一口。手がびっちょびちょになる。周りの水滴の量が、俺の掻いた冷や汗に匹敵していた。


 あ~、せっかく成海さんが持って来てくれたのに、もっと美味しく飲みたかった……――いや、すっげぇ美味いじゃん!

 そういやぁ~成海さんって、どこを持っていたっけ?


 大雅の笑顔に続いて、世界一美味い水を飲んだ俺は全回復。饒舌になった。


「にしても、成海さんって可愛いよな。あ~でも大雅は、もっと大人っぽい子がタイプか」

「あ?」


 浮かれた俺の発言に、笑いも一気に冷めたご様子の大雅。その大雅にスカ顔を向けられるけど、俺はそれを貼り付けた笑顔で応戦してやる。良心に痛みが走るが、それすらも完璧な笑顔で対応した。


「だだ、だってよ。大雅って大人の女性とか好きそうじゃん?」


 心にも思ってないことを吐いた。別にそんなイメージねぇし。どっから出てきた。でも今は、そんなことはどうでもいい。成海さんを好きだってことは、俺にはまだバレていないんじゃないかってくらいには思ってくれたはずだ。よし、もう一押し。


「俺は大雅と違って、成海さん……みたいな? 可愛い系がタイプなんだよね!」


 形勢が逆転するかもしれない、なんて考えた。


「何、勝手なこと言ってんだよ麻生。俺も、俺はちゃんと、可愛い方が好きだぞ……」

「……は?」


 耳を疑った。

 大雅ってこんなやつだったか? 可愛いとか、好きだとか、そんな台詞を平気で口に出せるやつだったか?


「そ、そうなんだぁ……。ま、まぁ~成海さん以外にも可愛い系はいるよな。ほら、あの子たちみたいな?」


 隅にいる女性客を適当に指差す。そうやっていつものように明るく、だけど苦し紛れに言葉を繋いでいたら、


「へぇ……。お前は成海さんよりも、ああいうのがタイプなんだな?」


 墓穴を掘っていた。

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