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第43話 余裕ない

 おおっナイス! やっぱ意識するよな、大雅も!


「ええ。今日から三日間、働いて貰うことになっていますよ。もちろんこの話は内密でお願い致します」


 続けて店長は「ぼたちゃんにも他言無用だと伝えていたはずなのに」と、艶っぽくため息を吐いた。

 今度は俺が堪らず口を開く。


「あの店長さんっ。なんで芸能人が働いてるんですか?」

「あら、知りませんか? ZACKザックが起こした騒動のこと」


 ZACKとは、カーター葵がメンバーに加わっているアイドルグループのことだ。四人組で、メンバーの頭文字を取ったグループ名らしい。同じ事務所のタレントを集め、俺が中三の時……つまり今から二年前くらいに結成された。歌手としては不発で花が開かなかったと言われているけど、俳優としての活躍が目覚ましく、努力の人たちって印象だ。


「俺、それ知ってます。でもメンバーの1人がやったことで、カーター葵さんは無関係ですよね? だいたい騒動っていっても、メディアが大ごとにしているだけで、そんなに悪いことではないと思いますし……」


 ほぼテレビも観ないし、ネットニュースにも興味がない俺は、なんのことだかさっぱりわからない。置いてけぼりだ。だからここは二人の会話を遮らずに聞いて、汲み取ることにした。


「世間がどうこうではなく、表に出てる人たちですからね。連帯責任を自ら科したのではありませんか? だから今、葵くんは活動自粛中に社会貢献をしているのではないかしら。それでですよ、うんたらかんたら……」


 店長の話は尽きない。訊いたのは俺だけど、他言無用は一体どこへ。

 このまま他の客に呼ばれるまで、延々と話すんじゃないかとげんなりしていたら、それは前触れもなく起きた。


「実は俺、葵さんのファンなんですよ」

「え?」


 大雅の滅多に光らない瞳が輝く。


「ちょ大雅よ。ファンってどういう意味だよ? 俺そんな話、知らねぇんだけど」

「そのままの意味だよ。別に俺もそんなつもりで見てたわけじゃないけどさ。ほら、バイトの研究で動画観まくってたら、演技とか……すげーなぁって……」


 段々と声が小さくなる大雅。言ってて恥ずかしくなったんだな。目が泳いでいる。少年かよと思った。

 でもそれより何より、俺は納得がいかない。スカしたがりのメンタルはどうしたんだよと混乱した。


 だって成海さんが好きなのが、プリンスレンジャーだろ?

 しかもレッドが好きだって、屋上で一緒に昼食った時に話していたじゃん。それってカーター葵のことじゃん。

 キーホルダーまで大切にしてるくらい好きなんだぜ? とんでもなく強力なライバルなんだぜ?

 そんなとてつもない驚異に対して、何をファンとかぬかしてんだよっ。まじで意味わかんねぇ。痩せ我慢でもしてるとかだったら、話は別だけど。


「大雅、いいのか? 相手は本物だぞ?」


 試すように訊ねてみた。だけど大雅は挑発には乗らない。むしろカウンターだった。


「は? どうしたんだ麻生」


 どうしたは大雅の方だろ⁉ とイラっとした。大雅は友達だからいいけど、芸能人にかっ去られたら本当に気分が良くない。本気で好かれても嫌だし、かと言って遊ばれたりしても嫌だ。


 それにやっぱ……成海さんが他の男の前で、嬉しそうな顔をすんのとかは――


「成海さん、嬉しいだろうな……」


 大雅は独り言のように呟いて、成海さんの笑顔を想像しているのか、喜びを噛み締めるように笑った。


「え?」


 心から嬉しそうな表情を浮かべていて、馬鹿なんじゃないかって思った。

 信じられない。なんか、すげぇ気持ちが逆撫でられる。すげえ来る。


「は、はぁ~? お前、いいのかよそんな生温くて……。成海さんは、プリンスレンジャーが好きなんだろ?」


 怒りで声が震えてきた。けど、堪えろ俺。


「あ? さっきから何言って。疲れてるのか?」


 心配すんなよ。優しい顔、やめろやめろ。


「今日は帰るか?」


 やめろって顔したじゃん俺。なんで伝わんない。


「帰る? 余裕かよ……。自惚れるのも大概にしろよな。相手は芸能人だろ? スカしたお前より断然格好いいだろ? 足元にも及ばねえだろ?」


 こっちはぎりぎり堪えてやってんのに、人の気も知らねぇで……。


「なんで怒ってんの? 何言ってんだか全然わから……!」


 大雅はハッとして俺を見る。そして瞬時に顔を赤く染めた。


 やば……。


 冷たい汗が背筋に沿うように流れた。顔も強張った。


「申し訳ありません、お客様。私の戯れが過ぎました。どうか落ち着いてくださいま――」


 この空気。ふんわりと香るいい匂い。

 振り返るのが恐く感じた。だけど俺は、花の蜜に誘われた蝶のように、やはり求めてしまうんだ。


「成海さん……」


 後悔した。

 これで大雅は、俺がお前の気持ちに気付いてるって勘付いただろう。完全に失敗だ。俺は成海さんへの想いを隠して、友達として振る舞わなければいけなくなる。


「麻生……くん?」


 愛しくて仕方がない女の子の怯えた眼差し。それは俺の心へ追い討ちを掛けるように雨を降らし始めた。

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