おおっナイス! やっぱ意識するよな、大雅も!
「ええ。今日から三日間、働いて貰うことになっていますよ。もちろんこの話は内密でお願い致します」
続けて店長は「ぼたちゃんにも他言無用だと伝えていたはずなのに」と、艶っぽくため息を吐いた。
今度は俺が堪らず口を開く。
「あの店長さんっ。なんで芸能人が働いてるんですか?」
「あら、知りませんか?
ZACKとは、カーター葵がメンバーに加わっているアイドルグループのことだ。四人組で、メンバーの頭文字を取ったグループ名らしい。同じ事務所のタレントを集め、俺が中三の時……つまり今から二年前くらいに結成された。歌手としては不発で花が開かなかったと言われているけど、俳優としての活躍が目覚ましく、努力の人たちって印象だ。
「俺、それ知ってます。でもメンバーの1人がやったことで、カーター葵さんは無関係ですよね? だいたい騒動っていっても、メディアが大ごとにしているだけで、そんなに悪いことではないと思いますし……」
ほぼテレビも観ないし、ネットニュースにも興味がない俺は、なんのことだかさっぱりわからない。置いてけぼりだ。だからここは二人の会話を遮らずに聞いて、汲み取ることにした。
「世間がどうこうではなく、表に出てる人たちですからね。連帯責任を自ら科したのではありませんか? だから今、葵くんは活動自粛中に社会貢献をしているのではないかしら。それでですよ、うんたらかんたら……」
店長の話は尽きない。訊いたのは俺だけど、他言無用は一体どこへ。
このまま他の客に呼ばれるまで、延々と話すんじゃないかとげんなりしていたら、それは前触れもなく起きた。
「実は俺、葵さんのファンなんですよ」
「え?」
大雅の滅多に光らない瞳が輝く。
「ちょ大雅よ。ファンってどういう意味だよ? 俺そんな話、知らねぇんだけど」
「そのままの意味だよ。別に俺もそんなつもりで見てたわけじゃないけどさ。ほら、バイトの研究で動画観まくってたら、演技とか……すげーなぁって……」
段々と声が小さくなる大雅。言ってて恥ずかしくなったんだな。目が泳いでいる。少年かよと思った。
でもそれより何より、俺は納得がいかない。スカしたがりのメンタルはどうしたんだよと混乱した。
だって成海さんが好きなのが、プリンスレンジャーだろ?
しかもレッドが好きだって、屋上で一緒に昼食った時に話していたじゃん。それってカーター葵のことじゃん。
キーホルダーまで大切にしてるくらい好きなんだぜ? とんでもなく強力なライバルなんだぜ?
そんなとてつもない驚異に対して、何をファンとかぬかしてんだよっ。まじで意味わかんねぇ。痩せ我慢でもしてるとかだったら、話は別だけど。
「大雅、いいのか? 相手は本物だぞ?」
試すように訊ねてみた。だけど大雅は挑発には乗らない。むしろカウンターだった。
「は? どうしたんだ麻生」
どうしたは大雅の方だろ⁉ とイラっとした。大雅は友達だからいいけど、芸能人にかっ去られたら本当に気分が良くない。本気で好かれても嫌だし、かと言って遊ばれたりしても嫌だ。
それにやっぱ……成海さんが他の男の前で、嬉しそうな顔をすんのとかは――
「成海さん、嬉しいだろうな……」
大雅は独り言のように呟いて、成海さんの笑顔を想像しているのか、喜びを噛み締めるように笑った。
「え?」
心から嬉しそうな表情を浮かべていて、馬鹿なんじゃないかって思った。
信じられない。なんか、すげぇ気持ちが逆撫でられる。すげえ来る。
「は、はぁ~? お前、いいのかよそんな生温くて……。成海さんは、プリンスレンジャーが好きなんだろ?」
怒りで声が震えてきた。けど、堪えろ俺。
「あ? さっきから何言って。疲れてるのか?」
心配すんなよ。優しい顔、やめろやめろ。
「今日は帰るか?」
やめろって顔したじゃん俺。なんで伝わんない。
「帰る? 余裕かよ……。自惚れるのも大概にしろよな。相手は芸能人だろ? スカしたお前より断然格好いいだろ? 足元にも及ばねえだろ?」
こっちはぎりぎり堪えてやってんのに、人の気も知らねぇで……。
「なんで怒ってんの? 何言ってんだか全然わから……!」
大雅はハッとして俺を見る。そして瞬時に顔を赤く染めた。
やば……。
冷たい汗が背筋に沿うように流れた。顔も強張った。
「申し訳ありません、お客様。私の戯れが過ぎました。どうか落ち着いてくださいま――」
この空気。ふんわりと香るいい匂い。
振り返るのが恐く感じた。だけど俺は、花の蜜に誘われた蝶のように、やはり求めてしまうんだ。
「成海さん……」
後悔した。
これで大雅は、俺がお前の気持ちに気付いてるって勘付いただろう。完全に失敗だ。俺は成海さんへの想いを隠して、友達として振る舞わなければいけなくなる。
「麻生……くん?」
愛しくて仕方がない女の子の怯えた眼差し。それは俺の心へ追い討ちを掛けるように雨を降らし始めた。