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第41話 クオリティー

「二名様、禁煙席ですね。こちら側の席から、ご自由にお選びください」


 俺たちは手前から二列目にある、一番前のテーブルを選んだ。

 この席は、キッチンに出入りする扉にもレジにも近くて、完璧なチョイスだった。

 俺がドリンクバーを背にして座ると、水を持ってくるといったようなことを、店員は丁寧語で話して去っていった。他の客は、窓側や角に座る三組み程度。まだ食事を取るには早く、店内は閑散としていた。


 そわそわ。成海さんがいないぞ。

 キョロキョロ。まだ裏で面接してんのかな……?

 そわそわ……って、おい! こっち側じゃあ振り向かないと見えないじゃないか!


 向かいに座る大雅は、メニューなんかに目もくれず、俺をスルーして従業員扉を見つめている。


 ったあ、お前そんなんだからバレバレなんだぞ。ずっりぃよ、まじで。俺ばっか気ぃ使うぜ。てか、なんでそのクオリティーで、バレていないって思えるんだよぉぉ。


 心の中でおいおいと泣きながら、俺は背中を丸め項垂れる。テーブルに顎をくっ付けて、大雅を責めるように上目遣いになって見つめていると、ん?

 シカトこく、大雅の目が大きく見開いた。よりキリリッと凛々しくなった瞳がキラッと揺れる。糸にでも縫われたかのように、ぎゅっと唇を引き結んで、まるで水分を含んだ赤い絵の具が滲んでいくように、大雅は頬を染めた。


「失礼します」


 後ろ側から控えめに掛けられたその声に、俺の心臓は飛び跳ねる。同時に背筋もぴんっと伸びた。

 俺は爆速で振り向くと、そこには白いワンピースに身を包んだエプロン姿の成海さんが立っていた。

 心の準備は出来ていたつもりだったのに、もの凄い勢いで胸が騒ぎ立った。


「お冷やをお持ちしました」


 花っ、花だ! 白ユリ? すずらん、カスミソウ?

 違うな。そんなお高くも地味でもない。それよか断然、可愛らしい苺の花がしっくりくるかも!


 教室で妄想していた姿とは比にならないくらい、目の前に佇む成海さんは魅力的だった。


 か、可愛い~~! 生きててまじで良かったぁ~~!


「へへ……。二人とも来てくれてありがと」

「もちっ、当たり前だよ! そっか。決まったんだね、おめでとう!」

「ありがとう麻生くん。まぁ履歴書も要らなかったし、誰でも良かったみたいだったから。はい、お冷やです。ええっと……あや、あや、綾瀬くんもどうぞぉ……」


 成海さんは、銀の丸いトレーに乗せた飴色のグラスを、俺らの前へ置いてくれた。中の氷がカランと音を立て、とても美味しそうだ。続けてビニールに入った、ロール状のおしぼりもくれた。


 ははっ。「あや、あや」って可愛いな。


 悪いとは思いながらも、緊張気味な様子に萌えてしまう。

 そして動作の度に、ふわりと鼻をくすぐる成海さんのいい香りに誘われた俺は、「その服すっごく似合ってるよ」と口走っていた。

 ちょっと唐突だったかもしれない。だけど嬉しそうに照れる姿を見て、素直に言えて良かったと思った。


「な? 大雅?」


 せっかく自分から声を掛けたのに急に恥ずかしくなって、直視出来なくて、俺はついライバルに話を振る。


 ああ……すげぇ胸が苦しい。だってさ、なんだか……。


 成海さんをこっそり見ると、ほら。パチッと目が合った。長い睫毛を寝かせ、微笑んでくれる。


 間違いない。さっきから俺のことばっか見ているぞ。

 ええっ、何これ。すっげぇ嬉しいんだけど、止まんねぇんだけどっ。体がぞわぞわして、心臓がもたないよぉ~成海さんっ。


「あ、ああ。似合ってる……」


 大雅は一度視線を俺に向けたが、テーブルに肘をつくと、その手で顔を覆い隠した。


 なんで俺は成海さんじゃなくて、大雅なんかをジロジロと観察しているんだ。せっかくの機会だぞ。俺を見てくれているんだから、勿体無いじゃねぇかよ。

 けど、成海さんに目を合わせようとすると目が泳ぐ。首が死んだって幾らでも振り返って見ていたいのに。あ~俺の根性無しぃ……。


 俺は浅く息を吐く。大雅ではないが、前髪を弄って、気持ちを悟られないように目元を隠した。


「で、ではっ、ご注文が決まりましたら、そちらのボタンを鳴らしてください」


 やばっ、行っちゃう!

 慌てて顔を上げるが、成海さんは既に後ろ姿。扉の奥へと入っていく。あー……。


 でもまだ来たばっかだしと気持ちを切り替え、中へ入っていく姿を見送った。胸の痛みにさえ喜びを感じながら、俺はテーブルの上に予め用意してあったメニュー表を開く。


「大雅~、何食べる?」

「あ、ああ」


 定番のハンバーグ、スパゲティー、後ろの方には期間限定のフルーツを使ったスイーツが載っている。

 のぼせた頭でも、写真くらいは入ってきた。けど後で成海さんに、おすすめを訊こうと思った。心臓が休まる暇はなさそうだ。


 心を踊らせてメニュー表を眺めていると、成海さんが通ったばかりの扉が素早く開く音が聞こえた。

 悪寒が襲う。大雅も気付いたらしく、一瞬だけだけどギョっとしていた。本当、表情がないようで、意外に忙しなく変わるんだよな大雅のやつ。


「「シェフは呼んでないです」」


 抑揚付けずに言うと、大雅とハモった。すると花守から「て言うかまだ二人とも何も頼んでないでしょ」と、勢いにかまけた大声のツッコミが返ってくる。閑散としているとは言え、花守の服装は目立つし、他にもお客さんがいるんだから、もう少し気を付けた方がいいと思った。


「コホン。本日は当店にお越し頂き……って、もうっ、そうじゃなくて。あのさ、落ち着いて聞いて!」


 お前が落ち着けってば。

 厨房で頑張った賜物の熱なのか、興奮で出たものなのかはわからないけど、花守は頬に汗を流して必死の形相だ。コック姿も様になっていて、とても貫禄がある。


「もう一人、イケメンが入るって言ったじゃん⁉」


 おわっ、イケメン!

 忘れてた。いや、忘れていないけど浮かれてたからさ、俺。

 大雅をチラ見すると、なぜか眉ひとつ動かさない。

 イケメンが働いていることすら知らなかったはずなのに、どんだけスカしたがりなんだよ大雅っ。まじで見栄がエグいなっ。


「ター……」

「たぁ? え、何?」


 でもさ~花守。心配はご無用だぜ。所詮イケメンなんて言っても、結局俺の方が付き合いは先だし。同じ学校だし、クラスメイトだし。それに今、この地球上に敵なしかもだし~ぃ。


 花守は突然ダンッと音を響かせる。鍋を振って培われた立派な両手を、テーブルに叩き着けた。立て掛けてあるメニュー表が倒れると、まるでカードゲームのストレートフラッシュが決まったように、秩序を保って広がっていく。


「カーター葵だった」


 勢いに反して、花守はポツリと呟くように言った。


「は? 今、なんて……」


 そう訊いてはみたのだけど、俺の耳は確実に花守の言葉を拾えていた。


 え? え……え、待って……。


「えーーーーっ⁉」


 か、カーター葵がいんの⁉

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