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第40話 好き?

 チャリを端に寄せ、いつものように大雅の母さんとお喋りタイム。

 エプロン姿で、半分開かれた格子状の門扉に片手を掛けるスタイルも普段と変わらない。違うことを挙げるならば、外には出てきていないけど、今日は大雅がいることだ。


 大雅の母さんの話によると、大雅の父さんは仕事が忙しい人らしい。

 飲みニケーションをするような古いタイプだとかで、大雅には内緒にしているらしいけど、本音は寂しいんだってさ。だからこうやって話し相手になるのが、せめてものお礼だと俺は思っている。


「孝也くん、わざわざありがとうね」

「いいえ、今日も美味かったっす! 母ちゃんもありがとうって言ってました!」


 それと、弁当ぐちゃぐちゃにしてすみません!


 弁当箱を渡して深々と頭を下げると、大雅の母さんは怪訝な様子を見せることもなく、むしろ何かを理解したかのように「ああ~」と朗らかな声で笑った。しかも俺が顔を上げるなり「気にしないの」って……。

 それって、つまり。

 も~大雅のやつ、弁当のこと絶対喋ったろ~!


「本当ごめんねぇ。急ぎなさいねとは言ったんだけど、あいつシャワー浴びてたのよ」


 はぁ? なんだよ、洒落っ気つきやがって~。でもまぁ時間はあったし、俺も浴びてくれば良かったかもなぁ……。


「いいえ全然。俺こそ、約束より早く来過ぎちゃいましたから……って、な、なんすか?」


 大雅の母さんが、俺をじいっと凝視している。微笑んではいるけど眼力が強くて、俺の方が笑っていられない。

 そうなんだよなぁ、特に目が似ているんだよ、大雅と。かく言う俺の顔も、母ちゃんに似てっけどね。


「いやさ、急に大人っぽくなったなぁと思って。ほら、お洋服も素敵じゃないの~。似合ってるよ~」

「そうっすかっ? 似合うっすか!」

「うんうん、似合ってる似合ってる。あっ、今日は大雅いるし、寒いから家に入って待ちなよ、ね?」


 家の中へ邪魔するのは悪いと思って遠慮をしていると、身を清めた大雅のお出ましだ。

 玄関の扉が開いた瞬間から、香水では出せない、清潔感溢れるいい匂いが漂ってくる。階段下にいる俺の鼻だけに留まらず、辺り一帯にも軽やかに流れた。


「麻生、遅れ……なんかお前、今日すっげぇかっこいいな!」


 だっろー! そうだろー! 俺、かっけーだろ~!


 気を良くした俺は「そっかあ?」なんて言いながら、顎を上げて鼻高々にくるくる回ってみせる。だがそこは大雅も抜かりがない。

 白パーカーに黒スキニー。んで、カーキ色のMA-1羽織って、ボディバッグか。靴は白スニーカーね。

 はいはい。スポーティーな感じが、爽やかな大雅にすっげぇ似合ってますね!


「ガルルルっ」

「麻生、どうし――痛っ」


「謝るのが先でしょう」と、大雅の母さんは息子の頭を小突いた。それが刺激になったのか、大雅はチャリの鍵を忘れていたことに気付いたらしく、慌てて家ん中へ戻って行く。大雅の母さんはやや強めに「早くしなさいね」と、そのでかい背中に声を掛けた後、俺に向き直して「ごめんねぇ」と笑った。


「にしても、相変わらず孝也くんはモテモテだね。みんな美人さんばかりじゃない」

「へ?」


 手招きしたかと思えば突然小声になって、大雅の母さんは楽しそうに俺の背後へ視線を送る。

 実は俺も数日前から気になってはいたものの、見られているかもなんて自惚れが過ぎると思っていた。でも俺が好きなのは成海さんだし、どのみち関係ないことだ。

 ……まぁ、可愛い人だとは思うけど。


「何考えてるかわかんなかった大雅も、バイトを始めてから身なりを気にするようになったみたいでさ。でも冬にシャワー浴びてから遊びに行くなんてね。色気付いてきたのなら母親として安心なわけだけど、昨日は名前呼んでも反応しないし、壁と喋ったりしてるから心配になっちゃったよ」

「まじっすか?」


 どういうシチュエーションだよ、それ。お、大雅来たな。

 再びしれっと、いい香りが運ばれてくるもんだから、俺は心の中で不貞腐れた。


「じゃあ、行ってくんわ。行こうぜ麻生」

「おう。んじゃ、大雅の母さん失礼しまっす。また話し相手になってください」


 俺はチャリに跨がったまま会釈をして、大雅の母さんに向けて笑顔で手を振る。それから大雅の後を追う形で、チャリを走らせた。


 なあ、大雅。成海さんは、どっちの香りの方が好きなんだろうな。

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