「成海さんがバイト?」
驚く俺に満足した様子で花守は頷く。それから周りを確認して、また小声で話し出した。
「店長が誰かいい子いないか探しててさ、さっき誘ったのよ。んで、オッケイ貰ったんだ。妃色たんさ、なんでもヒーローショーを観るのに、貯めてたお年玉を結構使っちゃったみたいなんだよね」
要は金欠か。俺は素早く手を合わせて「俺もそこでバイトしたい!」と小声で、でも語尾を強くして言う。花守を神だと見立てて頼んでみた。けど花守は、雨でも確認するように手のひらを上に向けて、首を横に振る。
「いやさ、あと一枠あったんだけどね、昨日決まっちゃったんだって。ごめんね」
なんだよ~。めっちゃ残念。
「謝んなくていいって。けどバイトって何? 変なのじゃないだろうな?」
「変なのって、何期待してんのっ。ただのファミレスだよ、ファミレス。駅前のとこに二階建てのがあるっしょ? 一階は花屋さんでさ」
「花屋の上……ああ、あそこか! え……成海さんって、もしかして注文取ったりする店員さんの仕事とかか?」
「そう、ホールね。接客。今日店長と面接して、採用されれば妃色っちに決まりなんだ。まぁ、形式だけだから問題ないと思うけど。ちなみに私はキッチンだかんね、麻生くんっ」
「へ~!」
確かそこの制服って、メイドさんみたいで可愛かったよな! くそ楽しみっ、偉いぜ成海さんっ。絶対応援しに行くからな!
「めんご、テンション下げるかも。実はね、店長の話によると、決まってるもう一人の子が、すご~くすご~く、かっこいいらしいよ。あ、女子じゃなくてメンズね」
「は?」
自分でも気付かぬ内に作っていた、握り拳の力が抜ける。
「知ってたけど妃色氏誘っちゃった。でも心配要らないよ。動くフェロモンこと、この花守牡丹ちゃんと同じキッチンらしいかんね」
じゃあ接点は多くはないのかな。
「ふ、ふう~ん。あーのさぁ……参考までにそいつって何歳くらい? どこの高校?」
少しでも粗探し。自分でも最低だと思ってはいる。
「私たちより上。何歳かは忘れたよ、麻生くんにしか興味ないもんにぃ私」
年上……ね。まぁ、バイトするってイコール出会いも増えるってことだもんな。
「へ、へぇ~」
何が「へぇ~」だよ俺っ。だあーくそっ、心配だ!
成海さんは可愛いし、おまけにちょっと抜けているから、悪いやつにすぐ付け込まれそうで、すげぇ心配なんだよな。しかも白ワンピースに身を包んで、その上からヒラヒラがたっぷり付いた、白いエプロンを纏うんだろ……?
『お待たせしましたっ、愛情いっぱいの特製オムライスですっ。仕上げにこのケチャップで、私と一緒ににゃんにゃんビームしてくれますか? せーの、にゃんにゃんっ』
「にゃんにゃん――」
「ねぇ麻生くん。このことは綾瀬くんに言わないで、内緒にしといてもいいんじゃない?」
「ビーム……って、へ? 内緒に?」
ああ、大雅知らねぇのか。え、でも、それはちょっと後ろめたいし……。
(一度嗅いだら忘れられない香りですね)
(大雅ごめん。ちょっと抜け駆けになっちゃうかもしんねぇかな~?)
あ、俺……。
「い、いや。言うよ」
じゃないと、大雅との関係が……。バランスが……。
「なんでっ⁉ せっかくのチャンスじゃん!」
花守が調子を変えてそう言った時、「おいこら~」と叫ぶ声が聞こえてきた。野島だ。成海さんの席の方から、猪の如く真一文字に猛突進してくる。
「牡丹、妃色がお前と一緒にバイトするって本当なの⁉」
花守に掴み掛る野島の形相が、迫力満点だ。けど花守は花守で微動だにしないし、引く。全くどんな体幹してんだよと思った。
そんな安置外の場所に、成海さんがぱたぱたと駆け寄ってくる。
「もう優子ったら、いちいち喧嘩しに行かないの。私が今そう言ったんだから、本当に決まってるでしょう?」
「あらら。もうバレちゃった。出所が妃色ちゃんだったら仕方がないね」
「おいこら、無視してんなっ、この象足!」
「なんだとっ、無神経女! あんね、この腕は鍋振って培われたんだかんなっ?」
「じゃあなんで両腕なのっ、まじウケるし」
「こらぁ、二人ともぉ……」
まぁ、バレない方が難しいか。どうせ言うつもりだったし、本当……。
俺は息を短く吐いて気を取り直した後、言い争う二人の間であぐねる成海さんを呼んだ。
「バイト始めるんでしょ? 大雅と一緒にお店まで応援しに行くからさ、頑張ってね!」
背後に大雅の気配を感じながら、俺は上手い具合に成海さんへ笑顔を見せる。色々思うこともあったし肩を落としかけたけど、困ったように下がっていた眉が優しくアーチを描いて、嬉しそうに頬を染めていく成海さんが見れたんだからいいかと、俺はなんとか落とし所をつけた。