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第36話 初体験と妄想

 だけどもちろん、成海さんを悲しませることはしたくない。

 でも俺が……俺たちが傍にいてあげればいい、守ってあげればいいじゃんって思うようになった。野島たちが俯かせた分、顔を上げさせてあげればいいって。

 好きでいたかったから、そう考えるようになったのかもしれないけど、でも俺は成海さんを助けていくんだと、やっと心に決めることが出来たんだ。


 気持ちにぶれがなくなると、チャリを漕ぐ足にも力が入った。クリスマスムード一色の街まで、頼まれたわけでもないのに飛ばしていた。

 人気ひとけのない公園や、イルミネーションが飾られる住宅街を抜け、並木通りがある駅周辺。下校時間とは違う、色めく姿に心が踊った。

 高架下にある駐輪場にチャリを置き、軽い足取りで薄暗さから離れると、暖かな光の中へ放たれた息が茜色に染まっていく。

 まだ日の入り前。

 雑居ビルの前には塾通いの小学生や、食材が入ったバッグ二つを肩と肘に提げる、慌ただしい様子の母親らしき女性もいる。本屋から出てきたのは、手編みっぽい赤茶色の帽子を被った白髭の老人。微笑むその手には、書店名が入った紙袋が抱えられていた。


 そんな在り来たりの景色が、不思議と特別に見えたんだ。ベタだけど、いつか成海さんと来たいなと思った。

 もちろんその時は大雅も一緒だ。

 三人で来たいと思ってるんだ俺は。成海さんを挟んで、手を繋いで。きっと楽しい。


 俺は駅ビルに入った。入口すぐのアクセサリーショップに立ち寄ると、今や顔なじみの色気漂う店員のお兄さんに「またシンプル一点張りでお探しですか?」と声を掛けられる。俺が「今日は用ないんすよ」と答えると、「なんだそれ」って笑われた。

 ほらだって、いきなり成海さんへのプレゼントを買う店に行くには、照れが生じてさ。だからその前に寄った。一つクッションを入れさせて頂いたってわけだ。

 でも冷やかしは悪いから、俺はすぐにおいとますることにした。

 俺の様子が普段と違ったのか、見送るお兄さんの顔がやたらと嬉しそうで、背中がくすぐったく感じた。こういう優しさや堅苦しくない感じが好きで、何度も来ちゃうんだよな。


 んで、そう。俺はいつの間にか成海さんへのプレゼントを買うことに頭がシフトしていた。表のウィンドーに飾られたマフラーが、成海さんにぴったりだと思ったからだ。

 好きな子にプレゼントを贈る行為が、こんなにも胸を弾ませるなんて知らなかった。初めての経験だった。


 フロアマップでショップ名を確認してる時も、終始鼻唄を歌っていた俺。

 ここのアイスクリーム屋は夏に、それか寒いねって言いながら食うのもいいな。ドーナッツ屋とクレープ屋なら季節関係ないし、近い内に来れたら最高だ。

 そんな風にマップに目を通しながら、今後の計画という名義の妄想をしていた時だった――。

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