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第35話 捨てられない感情

 でもそんな考えも、成海さんたちの仲が元の鞘に収まったことで、綺麗さっぱりに吹っ切れた。

 成海さんは二股なんて言葉を使っていたけど、別に付き合っているやつがいるわけでもないんだし、同時に誰かを好きになることだってよくある話だと思う。

 むしろ俺のことも好きだって思ってくれているなら、なんの問題もない。願ったり叶ったりだ。


 意識を教室に戻すと、先生は相変わらず黒板に向かって呪文を唱えていた。だけど相変わらず俺も組んだ腕に顔を埋めて、にやつく顔を隠している。


 ゴホン。予言しよう!

 聳える若葉色の歌碑の元、指導者マスターが魔導書の全ての術を唱え終わりし時、金色に輝く魔方陣が広がると共に大魔法が発動されるであろう! なんちって。あ、チョーク折れた。


「まじ眠い……」


 一つ前に座る田中丸坊主が気怠げにそう呟くと、そいつが着ているブレザーから控えめに香ってきたフレグランスに鼻孔をくすぐられる。彼女に貰ったとかで、ローズガーデンの優雅な香りらしい。いやいや、閉鎖された部室に漂う湿っぽいにおいの方がお似合いだろうよ? という冗談はさて置き、俺は幸せの成分で出来た、ため息を吐く。


 こんな浮かれた気分に浸れるのも、成海さんのお陰だ。

 今だって俺のことを意識してるかもしれないんだぜ、成海さんは。うくくくっ。あれー? もしかしてここは薔薇の庭園か何かですかー?


「花守さん立ち歩かない。授業中ですよ?」


 それにしても、ん~。俺のは成海さん的にどうなんだろ。大雅も何も言わんし、わかんねぇのだが。


「なっ。スガちゃん、なんでわかったの?」


 実は俺、今日が香水デビューで、成海さんがどう感じているのかを知りたいわけなのだけど、今のところ特に反応はなくて、肩透かしを食らっている。ちなみに香水は昨日、大雅の母さんに弁当箱を返しに行った後に買ったものだ。


こう

「ぷっ。スガちゃん言い方。ジェスチャーないと伝わらないし」


 いつもなら放課後は勉強かゲームで決まりだけど、昨日はまだ家に帰る気分じゃなくて、自然と駅に向かってチャリを走らせていたんだ。


「あと、先生をちゃん付けで呼ばないようにお願い致します」

「わかったよ春日かすが……ってちょ、顎上げて目を眇めさせるのやめちくり。冗談だってば、ね? め・ん・ご」


 駅と言えば、俺が成海さんの手を握った場所で、もちろん成海さんがヒーローショーを観るために利用する場所でもある。


「麻生くぅ~ん。スガちゃんが怖いよ~」

「ちょっと牡丹うざいよっ、孝也にくっ付くな!」


 昨日はまだ、成海さんのことを諦めなきゃいけないのかもと悩んでいたから、今頃大雅と……といっても戦隊モノのヒーローとしてだけど、それでも二人が同じ場所にいると思うと、居ても立ってもいられなかったんだ。


「いけません野島さん、冷静に。花守さんもいいですか?」

「おいー。花守ー。せっかく先生前向いてたのに、何やってんだよー」

「あはは! 田中めんごねっ。……んまでも、元気になったみたいで良かった良かった」

「あ?」


 それにどうにか気を引きたいという願望も、ペダルを漕ぐ理由になっていた。駅ビルには、自分を着飾るためのものが揃っているから、成海さんに振り返ってもらえるような何かがあるかもしれないという、淡い期待が俺にはあったんだ。


「はい、では花守さん席に戻って。田中さんも集中して。続き始めますよ?」

「ほーい」

「うぃーす」


 なんでそんなことを考えたか。

 答えは単純。成海さんを諦めたくなかったからだ。

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