そして同時に、このまま成海さんを好きでいてもいいものなのかを突き付けられた瞬間でもあった。
キーホルダーを渡した後、野島たちを追う成海さんの姿に胸が痛んだ。
教室に着くまでも、それからも、業間の度に大雅が成海さんに向かってシャーペンを転がしている時も、俺はずっと考えていた。
成海さんが無視されるようになった原因は、きっと俺。成海さんを熱っぽく見たり、絡んでいる時に思わず浮わついた態度を取っていた所為だろう。嫉妬深い野島なんかの前で、成海さんを特別視していたのがまずかったんだ。
俺が成海さんを気にしているように、野島も俺を見ていて。成海さんに対して、どういう気持ちを抱いているかなんて簡単にバレていたんだ。
でも、だとしても友達だぞ?
女ってのは恐ろしい。いや、野島たちがどうかしてんだろうな。自分以外に気があるからって、なんだよそれって思う。成海さんは何も悪くないのに、俺が好きってだけで意地悪されなきゃいけないなんて理不尽だし、可哀想だし、なんかすげぇ嫌だよ。
俺は苦悶していた。
成海さんが悲しむのなら、大雅も成海さんが好きだというのなら、俺は身を引くべきなのかと。
だけど幾ら利他的に考えても、気付いてしまった想いがそれを追い越す。押し殺そうとしても誤魔化せなくて、貪欲になる。
俺はさらに成海さんを視界の真ん中に置きつつ悩んだ。
成海さんは自分の席に座ったまま体を前へと倒し、一つ前の席で盛り上がる二人の輪に頑張って参加をしていた。
笑顔が泣いてるように見えて痛々しい。
必死に取り繕う様子は堪れなくて、まるで自分の痛みであるかのように感じてくる。
もしかして隣に立つのが怖いから、席を立てないでいるのかな……。
そんな風に成海さんのことを心配で見ていると、隣から声が掛かって俺は我に返った。
「今のでため息、何回目だと思う?」
突然大雅に訊ねられ、俺は思考力が復活しないまま「……三回?」と、口を開けっぱなしで答えた。でも正解は五回で、「そんなに!」という反応をしてしまった。
うわ……。今思い返すと恥ずいな。絶対、顔やばかったはず。でもびびったんだよ、まじでさ。
それから俺は、吐き出してばかりだった息を吸い、ストーブに熱せられた酸素を取り込んだ。そうして思考がまともに働き出すようになった俺の目に飛び込んできたのは、大雅の怪訝そうな顔。だから咄嗟に立ち上がって言ったんだ。
「大雅、もしかしてずっと俺のこと見てたのか⁉」
吃って、しかも声が上擦った。
だってそれはやっぱ、大雅の前で成海さんを見ていたんだから、大ピンチだろ。焦っちまったんだ。スキップボタンを連打して、うっかり超大作のゲームエンディングを見逃した時なんか比じゃないくらい動揺した。
それで俺は、このタイミングで気付いてしまうんだ。
成海さんは、野島の気持ちを知っているんだろうなって。ならきっと、俺との仲を応援しているのではないだろうかって。
記憶を辿ってみれば、思い当たることばかりだった。目尻に涙が滲んできて、想いの丈を叫びたくなった。
だけど、そんな切なさに襲われている時だ。黄色い悲鳴が尖った香りと混ざって、俺の景色を侵食した。
「やっぱ二人、付き合ってんでしょ?」
こんな悪い目覚め方、まじで嫌だと思った。
それでも今思うと、野島の天敵である花守の嗅覚の良さに助けられたんだろう。
この時もいつもの調子で絡まれ、抱き付かれそうになった。抱き付かれるなら成海さんがいい。でも俺は上手く避けれるんだ。と言うよりも花守は、避けさせてくれた気がした。
気分を紛らわすことが出来た俺は、花守たちの元を去るように、大雅の前を横切ってもう一度しゃがんだ。
そしたらさ……。そこからは、成海さんがよく見えて。誰かの目なんか気にせずに、眺められたのならどんなにいいだろう……そう思った。
もっと好きを伝えたい。俺はいけないことを考えているのだろうか。そうやってまた悶々とし始めると――、
「あーお前の左隣とか、まじ落ち着かんわ~」
だってさ。
おい、なんだよそれ。下手くそすぎるだろ。草生えるわ。
俺は思わず「素直じゃないな……」と、本音を口にしていた。でも大雅からは、返事の代わりにぽかんとした顔を貰う。
だから俺はさ。なんだよ、ばーか。お前の気持ちなんかとっくに知ってるからな。そう言ってやりたくなった。
あぁ大雅。俺は、お前が羨ましいよ……。
そうして俺は、教室にやって来た先生に頭を叩かれる大雅の足元で、誰にも気付かれないようにため息を吐いたんだ。