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第33話 可愛いもんな

「あ~……麻生? たまには外の空気吸って食べてぇんだが。昼、屋上で食うとか有り?」


 やけに唐突だなと思った。それに冬だぜ?


「ん、まーいいけどよ。屋上で弁当とか厨二病ちゅうにびょうか」

「たまには外の空気吸って食べるのもさ」


 遠慮がちに歯切れ悪く言うもんだから、それ以上は突っ込まず。第一、大雅からの提案は珍しい。俺は席から立ち上がって、机の上に置いていた弁当を持った。


「んじゃあ早く行こうぜ。腹減った」


 言うと大雅は「ああ!」と強めに答えた。嬉しさがその短い返事に凝縮されていて、大したことでもないのにと思いながらも、俺も頬が緩んだ。


 だけど屋上に着いた途端、


「さみー」


 あまりの寒さに萎える。

 当然わかっていたことだから不意討ちではないけど、ぐわあーっとくる冷たい風に先制攻撃されたら、つい心が折れそうになった。でも引き返すわけにもいかないから、取りあえずさみーを連呼して、気合だけで寒気を跳ね返していた。

 それで、そんな時だ。耳に女子の……と言うか野島の声が入ってきた。クラスでもお馴染みの、うぜー声。俺は目を据わらせて、なんとなしに野島の方へ顔を向けたんだ。


 そうしたら、はは。一気に胸が高鳴ってさ。


「……なぁ大雅。寒いのに他に来てる子もいるんだな」


 俺が言うと、大雅は知らなかったなんて言う。今思うと顔は引きつっていたし、返答の仕方違うだろってなるところだったけど、この時の俺は不自然さに気付く余裕がなかったんだ。


 輝いていたから。

 目が奪われていたから。

 偶然居合わせたとばかりに、思っていたのだから。


 あ~すげぇ馬鹿じゃん俺……。


「そんじゃあ大雅、あっちで食うか!」


 この日以来、俺たちは屋上で弁当を食べるようになった。

 でもそれは俺の方が「屋上行こうぜ」って大雅を誘うようになったからだと思っていたけど、結局勘違いだったんだよな。


 端と端。広い屋上。表情は確認出来ても、触れることも視線が交わることもない。だけど、離れていたとしても、気になる女の子と俺は昼してるんだぜって、密かに舞い上がっていた。

 そうやって純粋に楽しんでいたのは、まだ大雅が成海さんを好きなんだって、気付いていなかったからだ。


 でも大雅が隣にいると、いつも向かい側には成海さんがいて。俺は運すげぇとか、運命だとか自分中心に都合良く解釈していたけど、段々余裕が出てくると見えてきて、なんかそうじゃねぇじゃんってなって。

 横でも同じように、目で追ってるやつがいるわってなった。


 そこでちょっと俺が出た。


 だよな、可愛いもんなって。いい子だよなって。あ~お前も気になってるんだなって。なら他の男子も見てるかもなと、俺はそう腹に落とし込もうとした。


 好きになっていたなんて、自分でも信じられなくて。


 そんな経験も今までなかったし。あと俺モテるから、ぐいぐい来てくれる子ばかりだったし、自分から好きになる過程に縁がない。

 というか男友達といた方が楽しいのはまじだし、せかせかでもキングだし、オンラインゲームで、知らない人と簡単に繋がれるようなライトな感覚が好きだから、俺が恋とかそんな面倒くさそうなもんに落ちるなんて、まだ先の話だと思っていた。


 だけど成海さんの手を握ってからは、触れた左手をアホみたいに時間を忘れて眺めていたし、どうやったらこの手を使わないで飯が食えるのかとかも考えたし、勇気が要ったのはなんでかとか、重なった瞬間の感情や感触が忘れられなくて、なかなか眠ることが出来なかったりもした。


 でも昨日の朝。キーホルダーを、成海さんの手のひらに乗せた時。成海さんが、野島たちに無視されてるってわかった瞬間、自覚した。


 この子を守りたいんだって。

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