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第31話 ロックオン

 成海さんがいないだけで物足りなさを感じる。そもそもこんなところに、それを求めるのは変だけど。


「時間やば。大雅、俺たちも早く食っちゃおうぜ?」


 さっき机に置いた、二人分の弁当を持ち上げて言った。


「あ、ああ」


 カーテンの外れた部分は、既に取り付け終えている。

 大雅は転がった方の丸椅子を置き直すと、跨って座った。俺は大雅に弁当を渡してから、前にあったもう一方の丸椅子に跨って、向かい合うように座った。


 大雅の顔は、まだ赤みを帯びている。でも俺も耳が熱いから、人のことを言えた立場じゃない。大雅には適当に勘違いしてもらって……そうだな、弁当のために急いで走ってきたからだろうとでも思ってくれたらいい。それよりもいい加減腹減った。飯だ、飯。

 でも蓋を開けると、弁当の中身が悲惨な状態になっていた。


「これは見事に……」

「うわっ! ごめんっ大雅! ここに来る時に思いっきり振っちゃってたからだ! やっちまった……母ちゃんのこと心配して弁当作ってもらったのに、見る影もないし……。があ~ごめ~ん」


 頭を抱えたり、肩を落としたりする俺に、大雅は「気にし過ぎだろ」と笑った。


「いいよ持って来てくれたんだし。むしろこれ、弁当詰めるの下手な母さんが悪いだろ」

「そんなことないって!」

「ほら、時間もないし食ってやろうぜ?」

「う、うん。さんきゅ……」


 普段から怒るような奴じゃないけど、それでも機嫌が良さそうに思う。いや、フワフワしている感じか? 声が弾んでる。


 弁当を粗末に扱ってしまった分際のくせに、俺はついそんな風に、大雅の様子を観察していた。

 大雅を見ていると、胸に渦巻いた何かが這い上がってくる。その答えが喉から顔を出す前にぐっと呑み込んで、俺は視線を大雅から弁当へと移した。


 ああ。せっかく大雅の母さんが作ってくれた弁当、誤魔化す材料に使っちまってる。


 凄く申し訳なく思った。

 罪悪感から、飯の掬う量が普段よりも少なめになる。けど一口入れれば胃袋は欲していたようで、時間がどうこうではなくペースが速くなった。


「すげぇな。やっぱ美味い!」

「そうだな。美味いかもな」


 大雅は元々ある目力をさらに強調するように、眉間に縦皺を作った。頑張って頬が緩まないようにしている感じに。だけど、ご飯粒にまみれたおかずを頬張る度に、口角が嬉しそうに持ち上がってしまっていた。

 さっき成海さんが残していった言葉が、きっと大雅の脳裏にも、繰り返し甘く囁いているのだろう。


 なんだよ大雅。成海さんのことでも想像しながら食ってんのかよ。でもでも、わかる。俺もそうだしっ。

 は~成海さんの恋心は、俺と大雅の間で揺れてんのかなー?


「なんか麻生、楽しそうだな?」

「え?」


 互いに浸っているとばかり思っていた俺は、水を刺されて箸を止める。ご飯粒まみれのタラコ入り卵焼きが、食べて欲しそうに俺を見ていた気がした。


「ああ悪い。食いながらでいい」


 そう言うと、大雅は神妙な顔付きになった。

 黙ったことも手伝って、外の雨音が嫌に耳に付く。おまけにまるで俺を煽るように強風が窓を揺らし、そのガタガタ揺れる音が背後からも聞こえてきて、なんだか向かいにいる大雅とそれとで板挟みになっているみたいに思えた。

 すっげぇ居心地が悪く感じた。


「今日お前さ、ゲームの話もしてこないし、なんか元気なかっただろ」

「え、俺が?」

「ああ。でもまぁ、今はそうでもなさそうで少し安心したわ」

「そうだよ、元気元気! ガツガツガツガツ食っちゃうぜ――」

「んでさ、ずっと訊きたかったんだけど、お前……野島となんかあったのか?」

「へ?」


 びっくりした。なぜ野島!

 正直拍子抜けだったけど、良かった。バランスが崩れたら、俺はどうすればいいかわからないから。


「あ、そっか。まだ気にしてんのな、野島と帰った時のこと。煩かっただけだって、本当。てか俺、そもそも野島の話スルーしていたしさ。だから全然だし。あとゲームの話だっけ? それは単に、大雅が相手してくれねぇからじゃんかよ」


 屈託なく言ってみせた俺に、大雅はまじ顔を向けてくる。胸がチクッとした。


「そうだな。ごめん」


 いつも悪いって謝るくせに、ガチの時だけごめんになるのを俺は知っている。

 でも、これでいい。バランスさえ崩さなければ、大雅とも上手くやってけるし、成海さんのことも好きでいられる。


「別にいいって! なら、久しぶりにまたやろうぜ? 今日はバイト休みだろ?」

「ああ、そうだな」


 爽やかに笑う大雅を眺めながら、その表情のままでいてくれと願った。

 俺はこの後も危うい話題を振られないように、それと自分の変な意識を吹き飛ばすために、せかせかの知識自慢を延々とした。


「あー……ごめん。実はちょっと気になってたんだけど」


 何気なく遮られただけなのに、冷っとくる。俺は適当にいい具合に笑って、そいつをかわそうとした。

 だけど大雅の顔を見ていると、あっけらかんとしていられなくなる。何か言うんじゃないかって、胸が騒ぎ始める。


「別に良くないか?」


 大雅は、必死に逃げる俺の視線を捕まえて言った。


「俺が成海さんとキスしても良くないか?」

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