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第30話 早とちり

 二つ並んで設けられた簡易ベッドには、開閉によって空きを知らせるカーテンがかかっている。

 手前側のベッドのカーテンが少し外れていたのは、大雅に踏まれていたからだ。垂れ下がる様が、ひざまずいて肩を落とす俺のようだと思った。


 大雅はベッドに手をついた状態で、そこに座る成海さんに覆い被さっている。

 成海さんの表情は大雅に憚れ、窺うことが叶わない。ここからでも確認が出来るのは、まるで恋人同士のように二人の指が隙間も無く絡まっているということだけ。

 見ているのが辛いわ、喪失感も半端ないわで、俺は涙目になる。そんな砕けそうな心に、勝者の声が掛かった。


「麻生か?」


 俺に気付いた大雅は、成海さんに優しく「ごめんね」と断ってからベッドを離れる。でも俺は、その大きな体からほんの少し見えた真っ赤な顔に打ちのめされてしまって、大雅と目を合わせる余裕なんてなかった。


「ごめん……邪魔して。飯、ここに置いとくな……」


 俺は別に成海さんと付き合おうとか、そんなことまで考えているわけじゃない。今までの状態が続けば良かったんだ。だけど――


「は?」

「へ? 麻生くん?」


 そうやってひょこっと体を傾けて、ぽかんとする仕草とか、その顔が紅潮していて目も潤んでいるところとか、コートの着丈サイズ感とスカート丈とのバランスが絶妙なこととか、とにかく何もかも目に付くことがまだ、全部可愛いって思うし。頑張り屋で真っ直ぐなところも、友達想いが過ぎて無理しちゃうところなんかも、全部がまじで好きで胸に刺さるんだ。

 言葉にすると浅いけど、俺の想いはこれよりもすっげえ深くて。だから諦めるとかなんて無理だ。出来っこない。


 でもどうするよ俺。今、告るとか有りか?


「ごめんね麻生くんっ」


 ぬあああああーっ‼

 初めてリアルに膝から崩れ落ちそうになったし!


「えっ、あの、ちょっと、な、成海さん?」


 成海さんは知らないのかな。会心の一撃は普通、連発出来ないって決まってるんだけど。まぁ絶対ではないけどよぅ……。


「そ、そりゃあさ? ふ、二人は、きききききキス」


 声を震わせて負け惜しみとか、流石に惨め過ぎるだろっ。なのに止まんねぇっ。


「キスした仲かもしんないけどさ、でもさ……えっ、何?」


 気付いたら二人が目を点にして俺を見ていたものだから、ぎょっとして思わず訊いていた。


「「きっ、キスーー⁉」」


 二人は顔を見合うと、バッと音を立てるように離れる。成海さんは失敗してベッドへ逆戻りしたけど、大雅に遅れて俺の元へと駆け寄ってきた。


「してねぇから! ねっ、成海さん⁉」

「う、うん! してないよっ、そんなこと!」


 顔を並べて交互に口を開く二人の勢いに気圧されて、俺は堪らず後ずさってしまう。成海さんの必死な様子も気になったけど、大雅のこんな豊かな表情は、一度も見たことがなかったから正直びびった。だけどその息の合った感じも悔しくて、俺は子どものように拗ねた。


「でもだって、今ごめんって言ったし? それにくっ付いてたし?」

「ご、誤解だよ。私はただ、今出て行くからって言おうとしたんだよ? 麻生くんが帰ろうとしたから、私が邪魔なのかなって思って」

「えっ? そ、そうだったんだ……。なんだ、そっか……ああっでも邪魔なんて違うから!」

「そ、そう?」


 成海さんはほっとした様子で微笑む。だけどまた顔を赤くして、たどたどしく言葉を繋いだ。くるくる表情が変わる。


「それに、きききキスなんてしてないよっ。くっ付いてたのは、私の耳と……綾瀬くんの胸……」

「耳と胸……?」


 不服そうな顔を見せてしまったのか、二人は俺に事の成り行きを必死に教えてくれた。

 成海さんも大雅も慌てちゃっていて、ちょっと聞き取れない部分もあったけど、その説明のお陰で俺の勘違いだったということがわかった。


 なんだよ~。まじで安心したし~。


 早とちりは良くないもんだなと、俺が最高の安堵感に包まれていると、成海さんが何か思い出したように「あ!」と声を上げた。


「もうこんな時間だっ。ごめん。私、行くね?」


 成海さんはアクセル全開でぎゅんっと走った。でもドアの前で急ブレーキをかけるように止まると振り返る。


「あ、あの綾瀬くん……膝ありがとう……」

「あ、ああ……」


 二人の間に漂う、ときめきに満ちた空間に一人、部外者の俺。

 だああ~っ、この空気は辛い!

 けど引くつもりもないし、ひたすらじっとこらえていると、成海さんの小さな口が開いた。


「ど、どうしよう私……。ふ、二股」


 伏し目がちになってそう呟いた後、成海さんはハッとして顔を上げた。

 両の手のひらを前に突き出して、「なんでもないから聞かなかったことにして」と、あわあわしながら言った。そして逃げるように保健室を出て行く。

 しかし、ぱたぱたという忙しない音が、このまま遠退いていくかと思った矢先。成海さんがヘッドバンギングで現れて、「迷惑かけてごめんなさいっ」と息を切らしながら言った。別で頭を下げ、恥ずかしそうに「じゃあまた……」と言い残すと、今度こそ本当に教室へと戻っていった。


「……」

「……」


 呆気に取られ、俺と大雅は言葉を失う。

 だけど足音が聞こえなくなった頃。どちらからともなく、ふっと息を漏らして笑った。


 ああいう律儀なところとかも好きなんだろうな、俺たち。

 つか、あれ? ちょっと待って。ふ、二股なら!

 一人は大雅かもしれねぇで仕方がないとして、んで、もう一人はもしかしてもしかして……


 ――俺?

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