綾瀬くんの顔、天井、腕を掴まれる感覚、体を包む柔らかい布の感触、カーテンレールの音、クリーム色。それから、また綾瀬くんの顔。確かそんな順番だった。
私は後ろ向きの体勢でひっくり返った。転んだんじゃない。ひっくり返った。まるで紙相撲のお人形が倒れたように、背面からこてっと。
そして今、背中をしっかり受け止めるのはベッドだ。少し硬い。なるほど、これは仮眠に最適かもと思った。
「だ、大丈夫……?」
心臓がバクバクしている。思いも寄らずにひっくり返って、私の心臓はびっくりしている。
だけど安全が確保されたとわかれば、頭の中は意外と冷静になれる。落ち着き払う。
ぐぅ~。きゅるるる~。
綾瀬くんの目が見開いた。
ちょ、ちょっと、お腹ぁ。そこまでリラックスするのは違うぞぉぉ……。
私は間抜けに、バンザイした格好で失態を晒した。
でも、どきどきなんてしていない。全然していない。なんたって私はバクバクしているんだから。
そんなこんな考え事をしながら目を泳がせていると、綾瀬くん越しに掛け時計が見えた。
「ごめん綾瀬くん!」
たぶん青い顔で、私は勢いよく飛び起きた。
「お昼、食べそこなっちゃ……」
だって長針がもう六を過ぎている。お昼休みが終わるまで、あと十五分もない。
だからその。この状態は、その……。
「大雅ぁ! 弁当持ってき……た……って、嘘……だろ……」
このあっけらかんとした声に、気を向けるなんて無理だった。
だって私はずっと。本当はずっと、綾瀬くんのことで頭がいっぱいなんだ。