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第26話 きらきらからのハプニング。

「い、痛かったら言ってね?」


 何これっ、ただ消毒するだけだよね⁉ なのに、この妙な緊張感はなんなの……⁉


「やっぱり自分で……!」


 私は膝を見つめていた顔を上げて言った。

 けれどそこには綾瀬くんの顔が間近にあって、私の視点は逆戻りした。


 痛いのとか、もうどうでもいい。早く、早く終わってっ。


「……じゃあ、いくよ?」


 どうぞ、どうぞっ。


 そう心の中でひれ伏しながら、私はこくこくと無言で頷いた。

 少し間が空いた後、綾瀬くんは慣れた手つきで傷を消毒してくれる。


「あれ? あまり滲みないよ? 綾瀬くん、手当てが上手なんだね」

「え? ああたぶん子供の頃に、よく自分でやってたからかな?」


「自己流だけどね」と、綾瀬くんは付け加える。

 そのはにかんだ声が、不思議と私に安心をくれた。胸のどきどきは治まらないけれど、気持ちは徐々に落ち着いていくようだった。


 ……この調子、この調子。


「心配だったけど、痛くなくて良かった。じゃあ、絆創膏取って来るから、そこで待ってて」

「うん。ありがとう」


 棚の方へ戻って行った綾瀬くんの足元を、私は口を結びながら目で追いかけた。


「俺さ……勇介くんのこと、偉そうにアドバイスしたでしょ?」

「へ? 偉そうなんて、う、ううんっ。全然そんなことないよっ」


 私が慌てて否定すると、綾瀬くんは息をふっと漏らして目を細めた。

 胸がきゅんとする。恥ずかしさで耳も熱い。

 でも、綾瀬くんのその表情がとても優しくて、つい見つめたくなった。


 綾瀬くんは絆創膏を取ると、私の前にある丸椅子にもう一度腰掛けた。


「実は俺、昔サッカーやっててさ。勇介くんみたいにレギュラー落ちしたことがあったんだ」

「えっ、そうだったの? ああでも確かに綾瀬くんって、サッカー部っぽいね」


 話の続きが気になって、思わず綾瀬くんを見た。あれだけ合わせられなかった目を見ながら、私は言葉を待った。


「そ? ははっ。まぁ、部じゃなくてクラブだけどね。勇介くんと一緒で、小学生の時の話。絆創膏貼るよ?」


 私が頷くと、綾瀬くんは絆創膏を貼ってくれる。

「……痛くない?」と、そっと訊ねるように言う綾瀬くんに、私の胸はまたドキッと鳴った。


「あと少しだから。ごめん、話いい?」


 綾瀬くんは腰を浮かせて丸椅子を引きずると、くるりと半回転する。大きい上半身が、私の隣で前後に揺れて止まった。


「隣、来ちゃった」


 ととと、隣来ちゃった⁉


「こんなチャンスねぇし……」と綾瀬くんは続けて呟いた。

 普段よりも幼い綾瀬くんの笑顔に、私の体温が瞬く間に上がっていく。


「えええっと、さ、サッカーは続けなかったの?」


 頬を固くした綾瀬くんを見て、デリケートなことを口走ったんだと察した。

 けれど綾瀬くんは私を気遣って、すぐに口角を上げてくれる。私はこの上なく後悔した。申し訳なさでいっぱいになった。


「うん。逃げたんだよ、俺……」


 どこか遠くを見るように話す綾瀬くん。その横顔を私は黙って見つめた。


「本当は、アドバイスしたみたいに俺が出来たら良かったんだけど、全然出来なくてさ……。成海さんには言ったのにね」


 綾瀬くんは苦笑いをする。


「俺はどんどん、どんどんサボるようになって、クラブにすら行かなくなった。熱が冷めちゃったんだ」


 綾瀬くんの声は明るい。もう昔のことになったのだろうか。


「だけど勇介くんは偉いよ。放課後の練習は辛くて今は出来ていないかもしれないけど、クラブには行ってるんだから。きっと熱は冷めてない。まだ諦めていないと思う」


 真っ直ぐな瞳は、勇介の未来に光を宿してくれているようだった。その瞳に見惚れて、私は思わず「後悔していないの……?」と訊いていた。


「していないよ。だって俺、もう一度頑張れることを見付けられたから……」


 ──とくんっ!


「ありがとう。妃色さんのお陰」


 綾瀬くんの表情は、とても真剣で熱っぽくて、やけにキラキラして見えた。眩しくて、どきどきした。


「あああ、あの……」

「妃色さん?」


 思わず立ち上がって後ずさった。何度も膝の裏に、座っていた丸椅子をぶつけながら、私は後ろへ後ろへと下がった。


「わ、私。えっと私……――っわ⁉」

「妃色さん危ないっ!」

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