「仕方がないよ」
愛奈は冷ややかにそう言うと、パクパクとお弁当を食べ始めた。
大好きだったはずの爽やかな香りを気にすることもなく鼻唄なんて歌うから、無理をしてるんじゃないかと思った。けれど愛奈は口を「ばーか」と動かして、私の額を指で弾くと目を細めるのだった。
「もうっ。来ないでって言ったじゃん!」
気まずそうにする麻生くんに、優子は堪らず立ち上がって、ダンッと力強く踏み込んだ。
そんな
「え? ど、どうしたの綾瀬くん?」
「ごめん。少し膝を見せてもらってもいい……?」
綾瀬くんは大きな体を畳むと、私の足元に視線を移した。
そっか……膝のこと、気付いてくれたんだ。
「やだ、綾瀬くんったらスケベ。ただでさえ風でスカートが捲れ上がってるのに」
「ちょ、ばばば、馬鹿。ち、ちっげぇーよ。怪我しちゃってるだろ⁉」
愛奈の少し意地の悪い言葉に、綾瀬くんは顔を赤面させた。
バッ、と勢いよく立ち上がって後ずさる綾瀬くんを、私は思わずぽかんと見つめてしまう。
そんなに赤くなることかな?
「え……あっ、本当だ! 成海さん大丈夫⁉」
入れ替わるように、もっと大きな麻生くんが私の前で体を折り畳む。
麻生くんが視線を落とすと、大きな瞳に長い睫毛が被さった。
「痛そう……」
女の子たちが騒ぐ理由が解った気がした。本当に綺麗な顔立ちをしていて、でも可愛らしさもあって、主人を心配するゴールデン・レトリバーのようだと思った。
「かわいそう成海さん。泣いてるじゃん……」
「……え、泣いてる? 私が?」
私は頬を触ってみたけど、濡れているはずがない。だって既に私は、優子に促されて拭っていたのだから。
「あら、麻生くんもスケベね。その手は何なの?」
「は、はぁ? ち、ちっげぇーよ。これはただ――って俺、この手で何をしようと」
「ちょお愛奈!」
愛奈が変なことを言うものだから、優子が
でも私は、大きな男の子たちを
「おい。騙されんな、麻生! まさか……お前らが成海さんを泣かせたのか⁉」
「な! やっぱりそうなんだな!」
お弁当を広げているだけの私たちの前で、大きな男の子たちがうろたえる。顔を赤くしたり青くしたり、肩を上げ下げ、ぜぇはぁ息を切らしている。
「ノリが可笑しいのは、戦隊モノから来ているのよね綾瀬くん? えっと確か、グリッター?」
「も、もう愛奈ったら! 二人とも大丈夫だから、本当気にしないで。それに私、泣いてなんかいないよ?」
「違うって妃色。目が赤いの」
そう言って愛奈は、ポケットから出した手鏡で私の顔を映す。
確かに。目も潤んでいる。
私は慌てて後ろを向き、膝を抱えながら、こっそり手を振って目を乾かす。
「こら妃色っ。そんなことしても意味ないでしょーが。孝也が勘違いしてるんだから、ちゃんと説明してよねっ」
わぁぁ、ごめん。そうだね。
体を二人に向き直し、私は眉をキリリ上げて言った。
「心配しないで。ちょっと転んじゃっただけだから!」
「0点」
愛奈は間髪入れず、私に不合格をくれる。私を映していた手鏡を、容赦なくバチンと閉じた。
「ばか! なんで隠すの妃色っ。余計悪く思われるでしょ!」
私の不甲斐なさに、優子がそう剣幕を見せる。
わぁぁ、そっか。何度もごめん優子。
「えっと……ちょっと色々あって、私たちケンカをしていたんだけど、今さっき仲直り出来て。それが嬉しくて泣きました」
流石に理由までは言えない。だけど綾瀬くんたちは納得してくれたようで、ほっとした様子で表情を柔らげた。
愛奈も満足気な顔で、再びお弁当を食べ始める。優子は少し照れた調子で「そういうことだから」と言うと、そっぽを向いた。
「そっか……それなら良かった……。ぶぁっくしょん!」
「し、心配してたんだぜ……って、ううっ、さみーぃ。安心したらさみーぃ」
綾瀬くんはくしゃみを連発し、麻生くんは体を震わせて両腕を
そう言えば二人とも制服姿だ。お弁当も無い。
今になって状況が呑み込めた私は、慌てて立ち上がって、さっき愛奈と優子に向けたように深々と頭を下げた。
「心配かけちゃって、迷惑かけちゃってごめんなさいっ。それと、駆け付けて来てくれてありがと……!」
出しゃばってごめん優子。でもお礼は言いたい。
「いいよ、そんな。なぁ大雅?」
「ああ。それよりも怪我の方が気になる。血が出てるし」
「こんなの平気だよ。弟と遊んでるとしょっちゅうだもん……だもんっ」
思い出すと痛いもんだ。また一段と強く吹き始めた冷たい風が、傷に
「ちょっと誤解したままにしないでよ! 怪我をしたのは、急に二人が入ってきた所為だからね⁉」
優子が言うと、綾瀬くんたちは「え!」と、驚いたように声を揃えた。
そんな二人を見て、愛奈は不敵に笑うと言った。
「それなら綾瀬くんが、保健室に連れて行ってあげたらいいんじゃない? まぁ、麻生くんでもいいけど」
それを聞いて、今度は私が優子と声を揃えて愛奈の名前を叫んだのだった。
「「愛奈!」」