綾瀬くんの熱の集まった顔を前に、私は動けなくなってしまう。それなのに体はどうしようもないくらいに火照り、鼓動は駄々っ子のように騒ぎ立てていた。
「ずいぶん仲が良くなったのね?」
そんなに大きくはなかった。だけど不思議とスッと耳に浸透する声に、私は冷静さを取り戻す。
メロディーが止んでしまう時のオルゴールの中のお人形みたいに、ゆっくりと、恐る恐る綾瀬くんから視線を移して、声の方へ体を向けた。
「ま、愛奈。違うの、これは」
愛奈はジト目で私を見つめている。ぶれることなく、一直線に向かって来る眼差しは、私に緊張を走らせた。
外はよく晴れているようで、愛奈が顎を上げると、ちょうど窓から入る日差しが眼鏡に当たっていた。
ちゃんと気付いていたよ。眼鏡のフレームが可愛くなっていること……。
反射する愛奈の眼鏡を見て、改めて私は罪悪感に苛まれた。
胸が苦しくて息を呑むのがやっとだった。けれど、かろうじて隣に立つ優子の姿を捉えた時、私は目を疑ってしまう。
「それ、どうして……」
優子は相変わらず私に八重歯を見せてくれない。それなのに、両手に持つランチバッグの一つが、私のものだった。
「どうしてって、一緒にお昼するからに決まってんじゃん? ね、愛奈?」
「ね」
二人はそう言って、こちらに向かって歩き始めた。離れていくばかりの二人との距離が、まるで縮まっていくかのような錯覚がした。
でも、きっと錯覚じゃないのだろう。だけど普段のように飛び込んでいけない。
なんで心が怖気付いてしまうのか、気持ちの整理が必要なのか。そんなもの全く必要ないはずなのに、無駄に欲しがった。
そんな自分の変化に戸惑っていると、不意に温度を感じた。
「俺がいるから」
「綾瀬くん……?」
綾瀬くんは目を細めた後、そっと私の手首を後ろへと引いた。
私は大きくてしゃんと伸びた背中越しに、驚く二人の姿を見た。
「何?」
表情はわからないけれど、綾瀬くんの短いその言葉には、棘が含んでいる感じがした。
「心配しないで、別に意地悪はしないから。それともう綾瀬くんには興味ないから」
「えっ。そんな嘘だよ。愛奈どうして……」
「まぁ詳しい話は、お弁当食べながら話そ? ほら、行くよーん」
「は? あっ、待て!」
私に向かって手を伸ばす二人を、綾瀬くんは体で制する。
「成海さんに意地悪をしないってのは、本当に信じていいんだよね?」
「もちの、ろん。あったり前じゃん、私たち友達だよ?」
愛奈は口を噤み、優子は明るい調子で答えた。それが何を意味しているのか理由が解るからこそ、私は胸が引き裂かれそうになった。
「と言うことで、妃色に話したいことがあるからさ。綾瀬くんには悪いんだけど、今日は屋上じゃなくて違うところでお昼してね。孝也にも言ってあるからさ」
「は?」
「あ、あの、二人とも……」
「もう。変な顔してないで行くよ妃色」
「んね。そんな変顔してる暇ないっつーの。食べる時間が無くなっちゃうでしょーが」
「そういうことなの、綾瀬くん。じゃあ、さようなら」
「めんごねっ」
「え、あ……」
愛奈と優子に腕を引かれ、私の足は前へと進んでしまった。
「は? わけわかんねぇ……」
どうしよう。綾瀬くんに、ちゃんとお礼も挨拶も出来ていない。でも二人の前だからか、それが正しいのかがわからなかった。
だけど、このままでもいけないとも思って、私は後ろに振り向いた。
とくんと胸が鳴る。
心配げにこちらを見る温かい眼差しに、脈がどんどん加速した。
なのに今、私の胸の中に呼び起こされたのは、レイくんの姿だった。