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第21話 いつもと違う。

「失礼しました」


「またね~」と先生に手をひらひらさせる牡丹ぼたんちゃん→私→綾瀬くんの、職員室に入った時とは逆順になって廊下へ。私たちはそのまま横並びで歩く。


「いや~絞られちゃったね」


 牡丹ちゃんは頭の後ろで両手を組み、ニッと歯を見せて笑う。ラベンダーピンクの髪の隙間から見える、丁寧に整えられた眉山と、目尻を飾るつけ睫毛がつり上がった。


「ごめんね、私のとばっちりだ」

「いや、成海さん。花守こいつが悪いんだって。教師に向けた口の聞き方じゃない」

「何言ってんのっ、綾ちゃんなんか寝てたくせに。しかもジャス……」


 そう牡丹ちゃんは決めポーズ付きで唱えようとしたけど、綾瀬くんのキリリとした目元が口を封じさせた。後頭部に手をあてたまま片手を上げたので、牡丹ちゃんのそれは、どちらかと言うとセクシーポーズ。


「でも、ヒーローちゃんは悪くないよ?」


 そう言って私をぎゅ~ってしてくれる。高めのヒールを履いているくらい身長差があるから、私は牡丹ちゃんにすっぽりと隠れた。腕がふわふわで暖かい。


「おいっ。何勝手に馴れ馴れしく」

「何、綾ちん? それって、これのこと?」


 すると牡丹ちゃんは、私の頬に頭をそっとくっ付けてグリグリした。


「可哀想だろ。つか最早、呼び方が定まってねぇとか突っ込まんから、まじで離れてあげて」

「ちょおいっ! 今、汚ねぇって言ったっしょ?」

「っは? 声には出してねぇーよ!」


 頭上を飛び交う二人の会話は、なんだか私の理解の先を行っていて。んー……。


「ねぇ、ヒーローちゃんはプリンスレンジャーの話をよくしているみたいだけど、やっぱ葵くんが好きなの?」

「へ? 葵くんって、カーター葵くん?」


 牡丹ちゃんが瞬きと一緒に「うん」と頷いたので、私は首を横に振る。


「いや。ひぃ……成海さんは純粋にプリンスレンジャーが、正義の味方が好きなんだよ。ね?」


 綾瀬くんは腰を曲げて私を覗き込む。上目遣いな感じと語尾が優しいなぁと思った。


「もちろんプリンスレンジャーは好きだけど、私が好きなのはマスクなんだ~!」


 二人は間を置いてから「へ?」とタイミング良く声を揃える。

 さっきから私は、二人の呼吸が合っているところに気が向いていた。頬がキャンディーを食べているみたいに、小さくぷくっと膨らんだ。

 でもそんな時は、一生懸命なレイくんの姿を思い浮かべる。

 そうすれば、すぐ。小さな膨らみはしぼんで、胸のモヤモヤだって、どきどきに変化する。


「あぁごめん。言い方が少し変だったかも。マスクがーじゃなくて、変身した姿が好きなの……」


 私は両手で頬を包みながら言った。


「あ、ああ~! マスクって、そっちぃ。そっちねぇ~。ほら綾ぽん、気をしっかり。当たってたから。君の言う通り、純粋にレンジャーが好きだからヒーローちゃんは」

「いや、俺は気に、して、ない……」

「でもね、今は一筋なんだぁ」

「え。面、一筋?」

「麺? ううん。レイくん一筋」

「え、レイくんってあれでしょ? 葵くんの役名。なんだ~結局、葵くんが好きなんじゃ~ん」

「ううん違うの、違う。智芭遊園地でヒーローショーがあって、そこに出演してるレイくんが……好きなの……」

「え、まじ⁉ 綾リンやべぇじゃんっ。早く面をっ、今すぐ面を!」

「うるっせ。あ~馬鹿」


 綾瀬くんは牡丹ちゃんに茶化されると、少し照れたように前髪をくしゃっと掴んで、私たちから目を逸らした。

 それを見た牡丹ちゃんは、なんだかとても嬉しそうに笑う。

 綾瀬くんを覗き込んでいる牡丹ちゃんの横顔が、日差しをたっぷり浴びたシーグラスみたいに輝いていて、私の心を冷やかした。


 なんか本当に仲がいいなぁ。牡丹ちゃんって大人っぽいけど、にこにこすると可愛いんだもん。


「どしたの? ヒーローちゃん。頬っぺた膨らませちゃって」

「キャンディー食べてるだけ」

「え、いつの間に。私も食べたいな。ちょうだ……いって、飴ちゃん膨らみましたな」

「もういいから、お前離れろよっ」

「うぇ、悲しみ~」

「……おい、なんかお前さ、いつもと厚かましさが違う気がするんだけど」


 む。むむむ。いつもと?


「いや、今も厚かましいんだけど、なんつーか」

「そりゃあ麻生くんがいないからね。ちなみに、一年の頃から麻生派なんだよ私。だからヒーローちゃん、安心してくりね……って、あらら。また飴ちゃん食べちゃってるよ、この子」


 そう言って牡丹ちゃんは、ペールグレーのネイルを艶めかせ、私の頬をスッと撫でた。


「ヒーローちゃん、さっきから妬いてるよね? ほんと二人とも、わかりやすくてウケる~」

「へ?」


 牡丹ちゃんはデコピンならぬ、頬ピンを軽くすると、くるりんとターン。スカートと一緒に手をひらりと揺らした。


「じゃあ私、瑠香るか待たせてるから。またね~」


 牡丹ちゃんはニッと笑うと、その場で呆然とする私たちを残して、後腐れもなく颯爽と階段を上って行ってしまった。


「あ、あのさ……」


 綾瀬くんの声に、私は自分の使命を思い出した。


 そうだ。あのお誘い、断らなきゃ。

 今しかチャンスがない。


「あのね、綾瀬く――」


 私は固い決意のもと、綾瀬くんに勢いよく顔を向けた。だけど言葉が詰まる。

 口元を覆う大きな手。そこから覗く綾瀬くんの顔が、真っ赤に染まっているから……。

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