い、今「グリッタージャスティス!」って言ったよね……?
私が混乱から覚めるよりも早く、しんと静まり返っていた教室は、休み時間を迎えた時のようにどっと賑やかになった。
みんな綾瀬くんに白い歯を見せて笑っている。
「綾瀬くん、ウケる~」
そうやって一人が声に表せば、堰を切ったように次から次へと綾瀬くんに言葉を投げ掛けていく。
「綾瀬、お前どんな夢見てたんだよ?」
「てか、ジャスティスってなんだよっ。かっけー!」
少し弄っているようにも捉えられるけど、でも決して棘は含んでいなくて、どちらかというと好意的な態度を向けている感じだった。
あ……。
また綾瀬くんと目が合った気がした。でもすぐに外れちゃったから、私のことを見ているとかではなく、きっと目を泳がせた流れで、そうなっただけなんだろうなと思った。
うん、そりゃ当たり前だ。私になんて用事ないもん。
……ん? というか、これ。私の所為だよね⁉
だってだよ? レイくんの個人技、
わぁぁ、間違いない。きっとそれだぁぁ。
綾瀬くんの一つ前の席に座る、麻生くんが立ち上がった。
あああ。綾瀬くんの固まった右手を、麻生くんがそっと下ろしてあげているよ。そして両肩に手を添えて、優しく座らせてあげているよ。あああ。
それから麻生くんは、先生と目配せをして頷いた。
麻生くんは大きな体を畳んで自分の席へ、先生は綾瀬くんの肩をパンパンと労うように叩いてから教壇へ、それぞれ戻っていく。
わあああ、どうしよう。悪いってもんじゃない。とても羨ましい夢を観ていたみたいだけど、綾瀬くんにあんな表情をさせてしまうなんて。
わあああ、思い詰めさせてしまって、ごめんなさあああい。
「綾瀬くんとか、まじウケる」
ぽんっと出たその声に、私ははっとした。遊びに夢中になった子どものように、無意識に開いていた口を閉じて、恐る恐る視線を前へ送った。
優子は可愛い八重歯を見せて、いつもの調子で笑っている。
愛奈はと言うと……。
さらに教室の奥へと視線を移すと、私は目を疑った。愛奈が、そんな表情をするなんて理解出来なかったからだ。
別にみんなと違う反応だから、可笑しいって感じたわけじゃない。ただ、好きな人に向ける顔には見えないと思った。
それにいつもの愛奈っぽくもなかったから。
愛奈は清楚な顔立ちから控えめな印象を受けるけど、意外と自分の意見をハッキリと言うし、とてもしっかりしていてかっこいい。だけど私たちと屋上で恋ばなをしている時とかには、普段は見せない、すごく可愛い顔をする。
それにヲタクな私の話にも、延々と笑って付き合ってくれる優しい子だ。
愛奈は綾瀬くんのことを、クールで大人っぽいから好きって言ってたな……。
遠い過去を振り返るかのように思いを馳せていると、なぜかとても切ない気持ちになって、胸にズキッと鈍い痛みが走るのを感じた。
その痛みに気を取られた小さな時間。私は二人と交互に目が合ってしまう。
心が大きく震えた私は、上手く頭が回らなくて、文字にならない記号を繋ぎ合わせたような、変な言葉を発していた。
不安が畳み掛けてくる。だけど、まるで興味なさげな二人。すぐにどちらにも顔を逸らされ、私の感情の先も視線の先も、宙へと迷子になった。
なんでこう私は……。
私は自分が情けなくなり、膝の上で固く両手を握りしめた。
「綾瀬くん可愛い~」
「まじそれな。俺、お前より綾瀬と付き合いたいわ」
「はいはい静かにーぃ、授業続けるぞー」
「つか時間あと五分しかないから、もう良くね?」
変だよ私。
友達に対して、妙に萎縮しちゃってる……。
「この証明出来る者いるかー? これくらい簡単だろー?」
だめだめ、しっかりしろ! 私が落ち込んでどうする!
だって愛奈がこの態度を取るのは、私が綾瀬くんと話をしたり、これは偶然だし会ったのだって昨日が初めてだったけど、それでも綾瀬くんのバイト先に私が通っていたからだよね?
優子だって、きっとそう。そんな友達を裏切るようなことを、私がしたからなんだ……。
一度奮い立てた気持ちが、目線と同時に落ちる。
するとランプに火が灯ったみたいに、綾瀬くんの姿が頭の中に浮かんだ。ライトアップされた遊園地に、綾瀬くんがいた。
ああ、帰る約束しちゃった……。どうして断れなかったんだろ……。
私は頭の上にぼわんぼわんと浮かぶ、綾瀬くんの笑った顔とか、満員電車での必死な様子とか、じっと見る目とか、大きい手とか、汗とか、私の両側にあった震える腕とかが沢山詰まった、綿飴みたいなモコモコを全て打ち消すため、雨に濡れた犬さんのように首をブルブルと振った。
「成海、全力で否定か? 仕方がないな。代わりに
「おっけー、任せちくりぃ」
ううんっ。だめだ、だめ。綾瀬くんは心配して言ってくれたけど、愛奈に悪いもん。
……それに
うんっ、やっぱりバイト終わりに一緒に帰るのは断ろう!
「よし、そうだ。これで成海も、理解出来たか?」
私は両手をぐぅにして、何度も頷いた。
「よし。お、ちょうど鐘鳴ったな。なら今日はここまで」
愛奈が綾瀬くんを好きなように、私もレイくんが好き。だからプリンスレンジャーショーには行かせてもらうけど、ちゃんと綾瀬くんと距離を取って、愛奈と優子と仲直りしに行くんだっ。
ファイティングポーズに力が入ると、今度は綾瀬くんのグリッタージャスティスが頭の中で響いた。
綾瀬くん。何かなんて絶対ないよ。けどね、そういう時にはララちゃんの個人技だよ?
グレートアフェクション☆
私が
「あ」
アローは先生には刺さらなかったみたいだ。ララちゃんがするように、メロメロにならない。そりゃそうだ。
ええっと……。どちらかと言えば、私が反動を受けて動けない、かなぁ~? なんてぇ……。
そしてしばらく私は、先生と視線をぶつけ合う攻防を繰り広げる。
「あのなぁ、お前ら……。浮かれるなら授業中じゃなくて、冬休みに入ってからにしろ」
呆れたように、先生は言った。
にらめっこに勝利したものの、私が職員室へ呼び出しになったのは言うまでもない。
――そう。綾瀬くんと一緒に。
うわあああ。